さようなら戦士よ。

伊勢早クロロ

魂は永遠に

 深夜12時。

「出た!」

 私は悲鳴にも近い叫び声を上げた。

 するとヤツはさもすれば呑気にも見える出で立ちで、あ、見つかったとこっちを見て固まる。

 目を逸らした方が負け。睨めっこの時間だ。

 しかしいつまでも睨めっこを続けていても埒が明かない。私はヤツから視線を外さないようにしながらチラチラと周囲に目を走らせた。


 無い。無い。どこにも無い。

 テレビの横。手を伸ばせばすぐ届くはずの定位置にコロコロがない。

 私は頭をフル回転させ、今日最後に使った場所を探った。

 仕事用のジャケット。埃で真っ白だった。

 ソファーの上。なんとなく目についたから転がした。

 テーブルの下。食べこぼしがあった。

 その後は?その後はどうした?

 そうだベッドだ!こんなにも抜け毛があったのかとギョッとしたのだ。

 その時だ。スススッと視界の中でヤツが音もなくスライドした。

 しまった!

 心の中で舌打ちをする。

 私の意識が少しでも離れると、ヤツはしめしめと鼻歌混じりに視界から消えるのだ。

 私はヤツの消えた方向を睨みつけた。ゴミ箱の下。ヤツはそこにいる。

 いいだろう。せいぜいそこで羽を伸ばしているがいい。


 私は忍び足で後退した。もちろんゴミ箱からは目を離さない。

 踵がガツンとベッドの縁に当たって膝まで鈍い痛みが駆け抜けた。でも今はそんな痛みなどどってことはない。

 どこだ?どこだ?

 後ろ手にベッドの上をまさぐると、指先がコロコロの柄の部分に触れた。

 私はそれを力強く握りしめ、今度は威嚇するように前屈みになってゴミ箱に近づく。途中、使い古したーーつまり私の大事な髪の毛のついたコロコロを捲って粘着の強い面を出すことを忘れない。

「さあここが正念場だ。観念するんだな」

 地を這うような呪いの言葉が聞こえたのだろうか。驚いたようにヤツが飛び出してくるのを、思いがけず真正面で出迎える形となった。しかしここは冷静に対処する。この機を逃したら次はない。

 今だ!

 私は可憐なコロコロ捌きで、ヤツを迎え討つ。そしてヤツの背中に…

 一瞬、俺がお前に何をしたっていうんだ。こんな一方的なことってないよ。いいか、末代まで呪ってやるからな!

 そんな声が聞こえた気がした。

 私は静かにコロコロを剥がして折りたたむ。

 さようなら戦士よ。来世でまた会おう。


 時計の針が12時5分を指している。

 目の前ではいつかの私が笑っていた。

 ああそうか。そういうことか。

 粘着ペーパーは折りたたまれ、無慈悲にも視界は閉ざされていく。

 こうして我々の戦いは末代まで続いていくのだ。

 体がふわりと浮いて落下していくのを、私はどこか他人事のように感じていた。


 完

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さようなら戦士よ。 伊勢早クロロ @kurohige

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