異世界騒動浪漫譚

時偶 寄道

第1話プロローグⅠ




『臨時ニュースをお伝えします。今日午後4時頃。東京都八王子市にある高校で、またもや『異世界転移事件』が確認されました。事件が起きたのは同高校の2年B組の教室内。終業のチャイムが鳴り終えて暫くした後、教室内に眩い光を放つ魔方陣が発せられ、強烈な光りが収まった後に確認したところ、教室内には誰一人として残されていなかったとのことです。授業を終えたばかりのため教室には多くの学生が残されており、彼らは全員、異世界へと転移されたのではないかと、警察から表明がありました。続いて、警視庁に設置された『異世界転移事件総合対策本部』主任の緒方正幸氏の記者会見に移りたいと──』



ピッ、と居間にあるテレビのスイッチを切る。ここ最近何度も見た似たようなニュースしか流れてなかったし、他のチャンネルにしようとこっちも似たようなニュースしか流れてないだろう。

ほんっと最近のテレビはつまんねぇなぁ、と思いつつコタツの上に置いてある茶を啜る。

あ、このお茶おいしい



孝允たかよし。お前も気をつけるのだぞ?」


「分かってるよ、爺さん。俺は異世界に逃げたいほど、現実に絶望してねーぞ?」


「望んで異世界に行った者が大半な訳ないだろうに。……多くの者は、望んでもいないのに連れ出されたのだろうて」


「不条理で理不尽、ってか? 俺はそういうの、嫌いだな」


「ならば抗え、孝允。不条理など、自分の手で覆してみせよ。誰かがやってくれる、なんて甘い考えはそこらに棄ててしまえ。いつも誰かが助けてくれるとは、限らないのだからな」


「爺さんが言うと、“重み”が違うよなぁ」


「……敵地に突っ込んだワシら突撃部隊を、後方の本部隊がトカゲのしっぽ切りよろしく切り捨てた時のワシらの絶望……」


「わかったからっ! その話何回も聞いたし、聞くたびにゾッとするから止めろよなっ!?」


「何ィッ! ワシの話を聞かんと言うのかっ! いつから貴様はそんなに偉くなったのだっ!」


「いきなりの理不尽っ!?」



そうして突如として勃発する爺孫紛争。

齢93とは到底思えない瞬発力でコタツから跳び上がった爺さんが、天井を足場にしてこっちに突貫してくる。

冗談じゃねぇよ。そんなものに負けてられるか。

俺は必要最低限の無駄のない動きでコタツから抜け出し、人外染みた膂力で繰り出された蹴りを両腕をクロスして受け止める。ミシミシミシッ、と腕から出てはいけないような音が出てる気がするけどサラッとスルー。

完全に前進する力がなくなったタイミングを見計らって空中へ押し返す。が、そんな動きは絶対にこの年齢詐欺爺には読めてるだろうから、安心はしない。



「せいっ!!」



ほーら言わんこっちゃない。

完全に脇に隙ができた俺に向かって、爺さんが身体を捻りながら遠心力を込めた横薙ぎの蹴りを放ってくる。俺は素早く引いて身体に密着させた片腕でそれをブロック。そのまま脚を掴んで強引に投げ飛ばす。

が、爺さんは気にした素振りもなく空中で回転して着地体制を整え、危なげなく床に着地した。体操選手が見れば、お顔真っ青にするレベルの見事な着地だ。絶対公務員を定年退職した普通の爺さんの動きじゃねぇ。



相対する彼我の距離は4m。動き出せばこの距離は一瞬で詰められるだろう。

油断なんてしないし、したら一撃で沈められる。それがわかっているから場は常に緊張状態だし、爺さんの身体から漏れ出した闘気がさらに場の雰囲気を戦場のソレへと変貌させていく。



一秒か、十秒か。互いの動きを読み合って制止した状態が続いたが、それは外にある鹿威しの鳴る音を契機として破られる。

グワッ、と目が見開かれたかと思えば、同時に床を蹴っていた。


3m、2m、1m


徐々になんて生温い、刹那の間に距離は詰められ、互いが拳を握り、振りかぶる。

溢れ出た闘気を抑える気もなくぶつけ合い、獰猛な獣を思わせる荒々しい動きで以て、今、その拳はぶつかり合う────




「いい加減にしなさいっていつも言ってるでしょーがァっ!!!」


「ごふっ!?」


「ひでぶっ!?」




───なんてことはなく、第三者の叱咤と共に飛んできたハリセンの強襲によって互いの注意と狙いが逸れ、互いの顔面にクロスカウンターを叩き込んで互いに吹っ飛ぶという結果で終わった。

ってかこの爺、ヒトがちょっと加減して頬を殴るに止めといたのに容赦なく顎狙うとかどういう了見じゃゴラァッ!











◆◇◆◇











っつつつ……あの伯母さん、ほんと容赦ねぇよなぁ」




爺さんの家に併設された道場を歩きながら、爺さんの右ストレートが突き刺さった顎をさすりながらそんなことをボヤく。

5年前に爺さんが一回だけ倒れた時からこの道場に通って爺さんの世話を焼いている伯母さんだが、親しい間柄だと割と容赦がないことで有名だ。

ちなみに、その範疇は道場に入門して3ヶ月以上経過した門下生からと意外と広かったりする。

日課とも言える俺と爺さんとのじゃれ合いがエスカレートしていくと、ほぼ毎回鎮圧するのに拳やらハリセンやらが飛んでくる。




「お前ってやつは……ほんっと懲りないよなぁ。お前の方が、伯母さん怒らせたら一番マズいって知ってるだろ?」




そう言って隣で嘆息をつくのは、小学校時代からの腐れ縁である藤浪 達也。同じくここの道場に通っている。

茶髪にピアスとなかなかチャラい印象があるが、意外と見た目に反して根は優しい男だ。

……俗に苦労人気質とも言う



達也が言っているのは、あの件だろう

一度だけ、爺さんと加減を忘れてスデゴロやったときの話だ。

原因が何だったかもう覚えてないが、軽く道場が半壊しかける状況までやらかしたのだ。

そんで、俺も爺さんも満身創痍の状態にまでなったのにまだやり合おうとするもんだから、遂にあの伯母さんがキレたのだ。



その形相たるや、般若の如し。

あれはどんなホラー映画よりも鮮烈に俺の心にトラウマを刻み込んだ一件だった。

最終的に、俺も爺さんも地面に突き刺さって人間植木にされたと記述しておこう。

あ、土の味はマズかったです。




「ああ……もう二度とアレは経験したくねぇよなぁ」


「お前ら引っこ抜いたの俺だからな? あれ大変だったんだぞ?」


「おう、悪かったな。今後とも頼りにしてるぞ、達也」


「頼るなよ、せめて俺に迷惑かけないようにしろよ!!」




そう言われても、もはや日常と化しているのだから手に負えないだろうに。

理不尽があったら物理で語れ、と言っている爺さんだし、小学校から爺さんの開いている道場に通っている俺にはすでにこの考えが根付いている。

あ、ちょっ! 反省の色が見えないからって顎のシップを触るなっ




「ハァ……にしても、また『異世界転移事件』があったらしいな。皆が言ってたぞ?」


「まぁ、傍迷惑な話だよなぁ。おかげで面白い番組とかニュースの所為でドンドンなくなっていったし」


「心配するのそっちなのか……」



いててて、と顎をさすりながらそう返した。

このさっきからちょくちょく話に入ってくる『異世界転移事件』っていうのは、俺が中学1年の頃……今からざっと5年前から起こり始めた事件だ。

日本全国津々浦々。一人身のおっさんだろうと若々しい学生だろうと、突然現れた光る魔方陣によって『攫われる』事件のことだ。

当初はネットで『異世界転移キタァァァァァァ!!!』とか騒がれてたけど、割とここ最近は少子高齢化に拍車を掛けるヤバい問題となっている。対策の立てようがないってのが、やっぱり一番の問題だろう。




「異世界、か。孝允は行ってみたいのか? 異世界とか」


「ファンタジーならバッチ来いだな。ドラゴンとかとじゃれ合いたい」


「……ねぇ、やめようか!! 想像したらなんか絵面がすっごいことになってるからやめようか!?」




切迫した表情をしながら達也がそんなことを言う。

男なら浪漫求めるのが当たり前だろうに、何言ってるんだ?

じゃれ合うって言っても、ただドラゴンにガブガブされるぐらいだろ。大丈夫、大丈夫。ノープロブレムだ。



「それが問題だろ!!」と隣で何か騒いでいるが、右から左に流して華麗にスルー。

いつも通りのやり取りをしている光景に、道場にいる連中の大半からは「またか」と苦笑を送られる。

おう、俺らはいつもどおり平常運転だぞ?



そういった他の門下生に視線を向けながら歩いていると、否が応でも目に入るのが、道場の中からならどこからでも見える、達筆な字で書かれたこの道場のスローガン



『背中で語れ 背中で魅せよ』



どんな困難にも、屈せず立ち向かえ。例え結果敗けようとも、己が意思を貫き、困難に抗い、立つ向かうことができた時点で、お前は既に英雄だ。

ちっぽけな努力だろうと、避けようとせず、立ち向かっていくその後ろ姿は、きっと誰かが見届けている。不条理に抗い、意思を潰さず貫き通すその様は、きっと誰かの心を震わせる魅了する

故に、多くの言葉は要らない。ただ、その曲げられない意思を貫いている姿を、後ろで見守る者に魅せてやれ。



そんな教えを伝えているのが、この『木戸道場』だ。この道場の卒業生は今も、世界中で分野を問わず第一線で活躍しているらしい。

総じてそういう卒業生たちは、普段はモブっぽいくせに、何かをやろうとしている時に限って、その後ろ姿がひどくかっこよく見えるのだ。

偶に、テレビで正面ではなく後ろ姿を多く撮られる人がいるが、たぶんその人はここの卒業生だろう。



俺は、爺さんの後ろ姿に憧れて、この道場に入った。

以来、俺の心には爺さんの教えがしっかりと受け継がれている

誰かにとっての英雄になんてなれなくてもいい。ただ、自分に降りかかる不条理くらいは、自分でなんとか振り払えるようになりたい。俺はそう思っている。




「んじゃ、明日も学校だし、今日は早めに帰るか」


「ハァ……ほんっとマイペースだよなぁ。お前って」


「おいおい、褒めるなよ」


「褒めてねぇよ!!」




おう、今日もツッコミのキレがいいな。何かいいことあったのかい?

そんなバカなやりとりをしながら、俺は日も暮れて真っ暗になった外へ視線を向ける。

ビュウビュウと吹き付ける、2月の身も凍るような風が枯れ葉を宙に舞わせ、吹き飛ばしている冬場にありふれた光景。



そして、その一角で、俺は見てしまった───

































「なーお」



おい、そこのお魚咥えた黒猫、俺の前を横切るなよ

このタイミングで不吉の象徴とか、やめてくれません?

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