祐子とお姉ちゃん

りう(こぶ)

祐子とお姉ちゃん

 仏間に差し込む西日が、祐子の背中に綺麗な四角を描いていた。私は窓枠に腰掛けて、その背中をじっと見つめていた──祐子はテーブルに突っ伏したまま、動く気配がなかい。どうしたの?と聞いたところで、返事をしそうにもないので、私はひたすらに祐子が口を開くのを待った。

 チリリン、と風鈴が涼しげな音を立てた。うるさい蝉の声は、そろそろひぐらしにとって代わられる。私は窓から見える裏の雑木林で過ごしたいつかの夏休みに、思いを馳せていた──と、

「ごめんねお姉ちゃん、私、翔太と結婚することになった」

祐子はピクリとも動かずそう言った。

「そう、──そんなことだと思った」

「勿論すぐにってわけじゃない、多分来年になると思うけど……」

「おめでとう、祐子」

「嬉しいけど、でも、」

祐子はゆっくりと顔を上げた。

「ごめん。私、勝手にお姉ちゃんの日記見たの。だから、お姉ちゃんが翔太のことどう思ってたか、知ってた。──だから、言えなかった」

俯いたまま祐子がこぼす言葉に耳を傾けた。

「でも、お姉ちゃんのこと知る前から好きだったの。わざわざ邪魔したわけじゃなくて、──」

「そんなの、わかってたよ。私の日記見ただろうことも、それで翔太とのこと黙ってたのも……とっくに知ってたよ」

 雑木林に目をやれば、走って行く翔太に遅れまいと後を追う、いつかの私と祐子が見える。祐子が転んで泣いて、私と翔太が戻って来て──私は祐子の背中に視線を戻した。

「私のこと誰だと思ってるの──お姉ちゃんだよ、優子の」

「ごめんね、お姉ちゃん」

 祐子の左手の薬指には、真新しい指輪が光っている。それはぴったりと、あるべきところに収まっているんだ。私は微笑んだ。

「お姉ちゃん、私がそっちに行っても、私のこといじめるのはやめてね」

「徹底的にいじめてやる。覚悟してな」

 私が窓の風鈴を指でつつくと、チリリン、と小さく返事をした。祐子は振り返り風鈴を一瞥した後、泣きはらした目で仏壇にある私の写真を見つめた。

「……四十九日しじゅうくにちかあ、早いなあ」

 実感がないのは、お互い様だ。

「じゃあまたね、祐子。幸せになりな、私の分まで」

 私は目を瞑った。

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祐子とお姉ちゃん りう(こぶ) @kobu1442

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