第33話
その時、鏡からいきなり委員長が飛び出てきて、焦ったように言った。
「大変だ! あやつが……かなでが連れ去られた!」
「えぇっ!?」
驚きが収まる間もなく、空中に影と王子が現われる。王子はぐったりと気を失ったかなでを抱えていた。
「かなで!」
僕はすぐに飛びつこうとしたのだけど、すり抜けてしまった。バランスを崩して書類の山に突っ込む。
「無駄じゃ、おそらくは遠隔映像で実体はどこか別のところにいるのだろう」
校長先生が緊張したように身構える。僕たちもそれぞれ魔具を手に様子を伺った。
一度ブワリと膨らんだ影は、どこか面白そうにこう言った。
『さて、お察しの通り私は君たちの敵だ。この世界の解体と再構築を考えている』
「んなっ?」
絶句する委員長とは別に、つづりちゃんは冷静に問いかけた。
「なるほど、いかにもラスボスが言いそうなセリフね――それでこの学校を洗脳から解放したのはなんで?」
いわれてみれば確かに、わざと見逃してくれたような節はあった。
『物語りとして見たらおもしろいかな、と思ってさ。それに少しは抵抗してくれなければつまらないからね』
「次に消されるのはこの学校だから、覚悟しておいて欲しい」
王子のセリフによみがえるのは、消されたポット村。それだけじゃない、みんなの記憶の中から消し去られてしまったたくさんの街や人たち……
「ならぬ! そのようなこと、断じてさせるものか!!」
校長先生が勇ましく言う。そのセリフに影は手でも叩いて喜ぶような動作をしてみせた。
『そうそう、その反応が欲しかったんだよ』
そしていつもはクールなつづりちゃんが完全にブチ切れていた。指をさして宣言する。
「何が目的かは知らないけど、人をバカするのも大概にしなさいよねっ、やったろーじゃない! 全面戦争よ!」
「つづり! 貴様なにを言ってるのかわかってるのか? 国立のこの学校が国の王子に逆らえるわけ――」
「ならば今日からニキ魔導学校は私立じゃ! 国とは手を切る!」
「校長!?」
わーわー騒ぐ三人をよそに、僕は静かに話しかけた。
「かなでを返してよ。なんで連れてっちゃうの?」
王子はその問い掛けに困ったように微笑んだ。
「この男は重罪人なんだよ、君たちとは違う存在なんだ」
「そんなこと……」
黙り込んでしまった僕に、影が楽しそうに話しかけてきた。
『おぉそうだった。本当のことを話す約束だったね。琴ノ葉つむぎ、この王子の城までおいで、真実をそこで見せてあげよう』
そう言って、僕の足元から少し離れたところに真っ黒な魔方陣を出現させる。
『ただし一人で来ること。余計なオマケは入れないから』
「僕だけで?」
『明日の夜明けと共に、王立魔導騎士団が適当な名目を付けてこの学校を潰しにくる。この魔方陣に飛び込むか、ここで学校を守るかは君の自由だ』
それだけを言い残し、霧のように消えてしまう。後に残されたのは移動の魔法陣だけ。
「……」
僕にはそれが、開けてはいけない扉のように見えていた。
***
「よいか皆の衆! これはいつもの実習と変わりない! 繰り返す、実習である!」
真夜中の全校集会は、校庭という異例の場所で行われていた。洗脳が解け、真実をしった生徒たちが知らされたのは、今自分たちがどんな状況に置かれているかということだった。
「明日の朝には国の魔導騎士団が攻めてくる! 消された村のようにこの学校も潰す気なのじゃ!」
ニキ校長がかがり火に照らされて熱弁をふるう。
「だが恐れることは何もない! 諸君らの実力はワシが保障する! 経験不足は若さでカバーせよ! いつだって最後に勝つのは信念が強いほうなのだ!」
ウオオオオ!と、雄たけびのような気合があがる。
「このような試練、未来の可能性多き諸君らにはただの実習の一環にすぎぬと信じている! ランクはSSS! 報酬は己の命じゃ! 日常を死守せよ! 日常を死守せよ!!!」
全校生徒と先生達が一致団結する中、僕はすみっこの木の根元に座り込んで迷っていた。
――この魔方陣に飛び込むか、ここで学校を守るかは君の自由だ
影の言葉がよみがえる。ホントはかなでを迎えにいきたい気持ちでいっぱいだ。だけど、こんな大変な時に僕だけ逃げるような真似をしていいんだろうか?
「やっぱり――」
僕も残ろうと立ち上がりかけた時だった。いつの間にか目の前に来ていた二人に驚いて動きを止める。
「そろそろ行きなさいよ、早くしないと夜があけちゃうわよ」
「まったくだ、何をグズグズしている。行ってさっさとあのアホを連れ戻して来い」
「つづりちゃん……委員長……」
ぼんやりと火に照らされる二人は笑っていた。これから死闘が待っているとは微塵も感じさせない笑顔で。
「っ、僕も! ここに残るよ!」
必死にそういうと、ピシッとでこピンされてしまった。
「ぁわっ」
「なーに言ってんのよ。そんな浮ついた状態で、まともに戦えるとでも思ってんの?」
「正直いって今の貴様に居られても困る。自分に与えられた任務をまっとうするんだな」
「うぅ~」
痛いトコロを突かれて黙り込む。その時、演説を終えたらしい校長が僕の方に寄ってきた。
「ワシからも頼もう。かなでを取り戻して来い」
「校長先生まで」
「これはワシからおぬしに向けた特別依頼じゃ、我が校の大切な生徒を無事に連れ戻して欲しい」
他のみんなは襲撃にそなえバリケードやら作り始めている。僕はそれをチラッと見て震える声で言った。
「いいの? 行ってもいいの……?」
力強くうなずいた三人に見送られ、僕は駆け出した。
「行ってくる! 必ずかなでを連れ戻してくるから!!」
校長室に駆け戻った僕は、いまだ床で黒々と輝く魔方陣の前に立った。パシッと頬を叩いて気合を入れる。
「約束したよね、またみんなで元の生活を送るって」
タッと踏み込んだ僕は、勢いをつけてそこに飛び込んだ。
「まったく心配かけて! 世話焼かせるんだからーっ!!」
***
魔法陣のまばゆさが収まり、ゆっくりと目を開ける。そこは暗くひんやりとした廊下だった。前をみても後ろを向いても突き当たりが見えないほど長い。
「うぅ……/tact。 あれっ?」
とりあえず万が一に備えて魔具は呼び出そうとするのだけど、いくら呼び出しの呪文をかけても武器は具現化されなかった。
「うそでしょ」
ど、どーしようっ。まさか魔法が封じられるとは……こんなことなら委員長に魔具なしでの発動方法教わっとくんだった!
「行くしかないか」
覚悟を決めた僕は歩き出した。どこまで続いてるんだろう? 先の方に目を凝らしても、薄暗い闇が奥に見えるだけだ。慎重に進んでいくと、出し抜けに足元に何かが飛び出した。
「ひゃあ!?」
蹴っ飛ばす寸前でなんとか足を止める。ばっ、バランスが!
なんとか踏ん張ってこらえる。そこには無表情で鼻をヒクヒクさせる白ウサギが居た。緑のベストをつけて首の辺りに赤い蝶ネクタイをしている。後ろ足で器用にたち両手をちょこんと前で構える姿が可愛らしい。
『よウこそおいでくださいました、ツむぎ様、わたクしは主様の代理で参りマした使い魔ホムンクルスでゴざいます』
「はぁ、どうも」
『どうゾ、こちらへ』
星ランタンを渡され少しだけ視界が明るくなる。前をぴょこぴょこ走り出したウサギの後を追った僕は、いきなり両側の壁に現われた額縁にギョッとした。
フォンッ
「わっ、なにこれ!?」
額縁の絵は動いていて、どの絵も何人かの人が描かれていた。
『この通路は展示回廊と言いマして、とある物語の『これまで』を映像トして振り返るコトがデきます』
「とある物語……?」
『絵の正面に立チ、ランタンを掲げてみテください』
言われた通りに近くにあった中くらいの大きさの絵の前に立つ。
……
…………。
それは両親を失った女の子が、仲間と助け合い、時にはくじけながらも成長していくストーリーだった。
「……まさか」
『……』
「そんなバカな!!」
慌ててその隣の小さめの額縁を覗き込む。
――これからよろしく頼むわ、××
――まったく、貴様はどうしていつもそうなのだ
――あのねーっ、オレすっげ楽しいこと思いついたんだ!!
――ここまで来れたのは、みんなのおかげだよ。僕ひとりじゃとてもムリだったと思う
この、見慣れたキャラクターたちは
――どうして!なんでこんなことしたんだよ!! ××ちゃんが!
――気でも違えたか××!
――……
どの絵画も最後は血まみれになり、暗転して次の世界が生まれる。
――あら、前にもこんなこと話さなかったかしら?
――デジャヴってヤツぅ? ……まさか、そんなワケないじゃん
「なんだよこれ! どうして――っ!!」
――だからオレは何度でも繰り返すよ……つむぎ
バンッと壁に手をついた僕は、叫んだ。
「どうしてかなでが、みんなを殺してるんだよ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます