LASTArk 7

「おーい、朝ですよー起きてくださーい」

かばっと、布団が容赦なく剥がされる。暖かくなってきたとはいえ朝はまだ寒い。

「うん………今、起きるから……」

フォスターはぐずぐずとした返事を返す。

「そうやってー、この前二度寝しただろ?今日は花をとりにいくんだからさ、さっさと起きてよ」

ルシフェンがゆさゆさとフォスターの体を揺らす。「うー………」と返事をし、体を起こす。頭を掻くと少しずつ大きくなってきた角が手に当たる。角はまだ堅くなく少し柔らかい。

「今日は母さんに花つみ頼まれているからさっさといこーぜ」

この村の主な生計は稲作などの農業だが、良質な草花も育つためオイルや香水なんかも作っている。子供たちは遊びいくついでに香水にする花などを摘んで来るのだ。

ルシフェンが先に部屋を出ていった。たぶんもう用意を済ませてしまったのだろう。

フォスターは小さくあくびをしベットから降り、ルシフェンの後を追いかけていった。

***

この村から少し歩いたところ。その辺りには小さな花畑が点々と存在している。

その花畑を回って二人は花を積んでいた。

「お兄ちゃんー、このくらいでいい?」

フォスターがかごを見せる。

「そうだね、次のところ行こうか」

そういって、ルシフェンが立ち上がる。

次のところが最後のはずだ。

二人は時間を気にしながら歩いていった。

たどり着いたのは草原だ。草原の至るところに小さいポツポツと、黄色い点が見える。

二人はその黄色い点を追いかけて花を摘んでいった。その花を摘むたびに独特の匂いがする。キンセンカだ。

摘んでいると手に匂いがつく。

「うう……だいぶ匂う……」

嗅いでみると結構鼻にくる。

「はは、あんま嗅いじゃだめだよ?」

ルシフェンが笑いながら言う。

日が落ちかける頃には二人の籠はキンセンカでいっぱいになった。

ここのキンセンカは上物が多くいい香水になる。

「あーつかれたー」

フォスターが草の上にごろん、と寝転がった。ルシフェンもその隣に寝転がった。

赤くなりかけた空に浮かぶ雲を眺めている。

「明日は雨かなぁ………」

浮かぶひつじ雲をみてルシフェンが言う。天気を知ることは大事だ。

ふと、隣をみるとフォスターが寝息をたてて眠っている。まだ10歳にもなってないのにここまで歩いてきたのはさすがに疲れたか。

「ふぁ…………」

フォスターをみてたらこっちまで眠たくなってきた。そう思いまた空をぼうっと眺めた。

ポツポツと規則性正しくならぶひつじ雲を眺めているうちにルシフェンもそのまま眠ってしまった。

結局二人が目を覚ましたのは夜になってからだった。

空には星が光り、すっかり闇に落ちてきた。

二人は空を眺めながら「綺麗だね」といった。

「………帰ろっか、たぶん怒られちゃうけど」

ルシフェンが立ちあがりそういった。

「二人で怒られたら怖くないよ」

そういって二人は星空を背景に夜道をかけていった。

***

窓の外を眺める。日は落ちてどんどん暗くなってきた。

「もう抜けどきか……」

角を触ってみると少し不安定だ。フォスターは鹿の獣人なので定期的に角が抜け落ちる。

籠に入った花の仕分けをする。最近は花摘の他にオイル作りも手伝うようになった。

「…………」

黙々と作業を続ける。最初は似たような花を間違えたりしていたがもう慣れた。どんどん籠の中の花を別けていく。

ふと、ここであることを思い付いた。

「お兄ちゃん…帰ってくるの遅いな」

再び窓の外をみる。さっきよりも暗くなり完全に日は落ちきっている。

ルシフェンは昔からふらっとどこかにいくことはあっても、夕方には帰ってきていた。ここまで遅くなってまで帰ってこないのはなかなかないのだ。

ルシフェンのことをきにしつつ、フォスターは花の仕分けを再開した。

一つ目の篭の花の仕分けをしおえ二つ目の籠に手をつけかけた時、ガチャリと家の扉が開かれた。

「あ、おかえり……」

帰ってきたルシフェンに声をかけるも反応がない。ルシフェンはこちらをちらりと見ただけでそのまま部屋に入っていってしまった。

「お兄ちゃん………?」

ルシフェンがこちらをちらりと見たとき、わずかに目があったがその時の彼の酷く冷たい……目の奥深くに黒いなにかが宿った目が頭にこびりついていた。

***

今日も黙々とフォスターは花を分けていた。もう今は花を手に取った瞬間に花の種類がわかるようになった。

「……………」

花を分け終え、机の上に置いた紙に目を向ける。

今朝、この家に来客があった。

来客は珍しいと思い出てみたらそこに立っていたのは警官だった。

何の用か訪ねてみると、このあたりで最近殺人、殺人未遂事件が多発しているらしい。最初は町付近に集中していたのだが今はこの辺りにもちらほらと起こるらしい。

警官は紙を配って警戒を呼び掛けているそうだ。

フォスターは紙に手を伸ばし、細部まで目を通した。

犯行はだいたい夜に起こっていると推測されており夜の外出は控えてほしいとのことだった。

もう日は傾き始めている。丁度この時間帯か。

兄はこの事を知っているのだろうか。巻き込まれてないか正直心配だ。

ルシフェンはさらにどこかへとふらっといってしまうことが増えた。また、帰ってくる時間もどんどん遅くなり下手すれば二日ぐらい帰ってこないこともあった。

何をしているのかどこへいっているのか訪ねても答えてくれない。それ以前に家へいるときの会話も減ってしまっている。

まあ、もうこの歳になればあまり話さなくなるのも普通なのだろう。そう頭で納得していてもどこか寂しいと思ってしまう。

その時、どこからかガタッと音がした。

はっとしてフォスターは紙から顔をあげた。家の中を見渡すも特に異変はない。

しかし依然として物音は聞こえ続ける。どうやら外のようだ。

家の表に出てみるもいつもと変わらない。

「どこから消ええてるのかな?うーん……?」

耳を済ませてみるとふたたび物音が聞こえる。

「裏の方から……?」

ポツリとフォスターが呟いた。

家の裏は森の入り口となっている。夜にみるとだいぶ不気味だ。

入るのを少しためらうがもし物音の招待が熊やモンスターだと大変だ。村に熊などが降りてきているとなると早めに対策をとらなければならない。

魔法で灯りを灯し、森に入っていく。

ガサガサと草を踏み分け奥へ進んでいく。

とあるところで物音と一緒に声が聞こえてきた。

「…………?」

確かに声は聞こえてくる。しかしこの声には聞き覚えがあったのだ。

なぜ、この声がここから聞こえてくるのか。フォスターの歩みは自然と速くなる。

ふと、足元になにかがあることに気づく。さっと灯りをかざしてみると、

「ひっ………」

人が倒れている。服装をみるとあの今朝、家にきた警官のようだ。

「大丈夫ですか………?」

警官は小さな呻き声をあげるだけで反応がない。生きてはいるようだ。

頭を起こしてみると血が垂れている。どうやら頭を売って気絶しているようだ。

警官のことも心配だが声のほうも気になる。

警官を静かに寝かせ、フォスターは奥へと歩いていく。

声はだんだん大きくなっていく。その聞き覚えのある声も………ルシフェンの声も大きくなっていく。

なぜ、兄がこんなところにいるのか。こんなところにいては危ないだろう。

……考えたくないがあの警官の怪我は兄が追わせたものだろうか。

その考えを振り払い、歩いていくと少し開けた所に出た。

声のとおり、ルシフェンがそこにいた。

「お兄ちゃん………?」

フォスターに呼ばれこちらを振り向く。少し驚いたような顔をしたがすぐにいつもの顔に戻った。

だが、兄の姿は異様ところがあった。白い服を着ているので更に異様なところが目立っている。あたりに倒れている警官たちが嫌でも現実を突きつける。

その光景にフォスターは動けずにいた。現実と頭の中がバラバラになっている。

「なんだよ、そんなに驚くことか?」

ルシフェンの声がフォスターよ思考を現実に戻す。

「………これ、お兄ちゃんがしたの……?」

自分の声が震えているのが嫌でもわかる。

兄は変わらない態度で「そうだけど?」と、警官の頭を蹴った。

「なんで…………」

「さあ。なんでって聞かれてもなぁ……まあしつこかったし?」

「しつこい……?」

ルシフェンの言った言葉が頭に引っ掛かる。その様子をみてルシフェンが口を開いた。

「まーそーだな。これ以上付きまとわれたら動きづれぇし……とうとうここまできたしな。こいつらが配っていた紙見ただろ?」

ルシフェンはポケットからあの紙を出して広げた。

「それが………なんなの………?」

これ以上聞いてはいけないと頭が警告しているのに口走ってしまった。

フォスターの頭にある考えが浮かんでいるのをそれを必死で振り払っていた。

だが、次のルシフェンの言葉でそのままフォスターの思考は停止してしまった。


─それやったの俺だよ─


そこから先はよく覚えてない。村の人の話によると外が騒がしいので向かってみると倒れている自分と警官を見つけたということだ。

フォスターは無傷だったが警官たちは重症、また死亡者もいたようだ。

村の人たちが何人か様子を見に来てくれたもののうまく話ができなかった。

あのときのことはぼんやりとしか覚えてないのになぜか唯一、思い出せる投げつけられた言葉だけがひどく、冷たく。頭に焼き付いていたのだった。


─お前のその顔、まさにキンセンカがぴったりだな─

***

「それから、私は村を出ました」

フォスターがそういって一通りの話が終わった。

「お前も………兄弟がいたのか……」

アリマの言葉にフォスターが頷く。

「…お兄さん…なんでそんなふうになってしまったのでしょうか……」

カリンが尋ねる。しかしフォスターは首を横にふり「わかりません」と悲しそうに答えた。

「動機……とかはわかりませんが、なにかあるなという違和感はありました………あのときに気づいていれば…………」

フォスターは悔しそうに言った。三人はそれをみたままなにも言わない。

「お前がこのギルドに来た理由……人探しってのはもしかしてそいつのことか?」

「はい」

アリマはそれを聞いてこう言った。

「お前はそいつを探してどうしたいんだ?」

アリマの問いにフォスターは言葉をつまらせた。その様子をみてアリマは申し訳無さそうな顔した。

「すまない…変なこと聞いて……」

「いえ、大丈夫です………」

フォスターがそう言った。

「………明日も早いから今日はもう寝てしまおうか。な?」

アリマがそう切り出して、この日は就寝となった。

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