Episode4 眩い光の向こう側へ

パレルは記憶の暗い闇の中で思い出した。


「私だったんだ・・・私、この日に死んじゃったんだ・・・」


パレルの目からまた涙が溢れ出した。


「パパ、ママ、ごめんなさい。私、何もできずに・・・なんにも親孝行できずに・・・死んじゃったんだ・・・」


しばらくの間、真っ暗な闇の時が続いた。

パレルは心の中でパパとママにずっと謝り続けていた。


すると、パレルの目の中のその闇の奥に小さな光が見え始めた。

そしてだんだんと広がっていく。


それはまたたく間に大きくなり、まばゆい光と共に一気に視界が開けた。


「まぶしいっ!」


しばらくすると徐々に光にも慣れ、あたりが見えるようになってくる。

すると目の前にパパとママの顔が映っていた。


「あれ? ここ、さっきの病院? パパとママがいる・・これ、またあの赤ちゃんの記憶?」


いや、違う。これは記憶ではない。

手と足に感じる感触。肌から感じる暖かさ。明らかにこれは現実だ。


「私、あの赤ちゃんになってる?」


『もう大丈夫ですよ! 奇跡だ!』

横にいた医師が叫んだ。


『よかった! 本当によかった!』

パパとママが泣きながら抱き合って喜んでいるのが見える。


「一体どういうことだろう?」


「おめでとう! やったなパレル!」

「ジャンク、どこ? どこにいるの?」


パレルはジャンクの姿を捜したがどこにも見えなかった。


「お前はもう現世の人間に戻ったからな。俺の姿はもう見えないよ。もうすぐ声も聞こえなくなるだろう」

「どういうこと? これ」

「お前はこの天界研修でトップの成績だったんだ。天使たちを抑えてだぞ。それで特待生に選ばれたんだよ」


「トクタイセイ? 何それ?」

「うーん。簡単に言うと、一所懸命に頑張ったからご褒美を貰えるということかな」

「ご褒美?」

「そうだ。お前はまたパパとママのところに生まれ変われるんだ」


「私、またパパとママの子になれるの?」

「そうだよ、パレル。この赤ちゃんはお前の生まれ変わりだったんだ」


パレルはまだ実感が湧かない。しかし、じんわりと伝わってくる暖かな肌の感触がこれは現実なんだということを教えてくれた。


「よかったな、パレル」

「ありがとう、ジャンク」


「礼なら神様のゼウスに言いな。全てあの人が決めたことだ」

「そうなの。一度会いたかったな、神様」

「何言ってんだ。お前ゼウスにならもう会ったことあるぞ」

「え? いつ?」


「死神の研修生を連れてたデカいのいただろ」

「え?まさかあのヤクザの組長?」

「ああ、あの人が神様のゼウスだ」

「えー、うそお? だって死神の制服着てたじゃん。死神のリーダーかなんかじゃなかったの?」


「神様(ゼウス)はこの死神の制服がすごく気に入ってるみたいでよく着てんだ。だからこの制服のデザイン、全然新しくなんねえんだな」

「何で言ってくれなかったのよ!」


パレルは血の気が引いた。

「紹介する前に、お前いきなりムチャクチャ失礼なこと言ったろう!」

「そうだっけ?」

「あそこまで言っちゃったら、もう知らないほうが幸せだと思ってな」

「うん、知らなくてよかったかも。でもやっぱりジャンクのおかげだよ」

ジャンクはふっと笑った。


「俺、そろそろ行かなきゃ。元気でな、パレル」

「え?ジャンク、行っちゃうの?」

突然の別れの言葉にパレルは驚く。


「ああ、俺にはまだまだいっぱい仕事があるからな」

「ジャンク、また会えるよね?」

「死神に物騒なこと言うんじゃないよ。俺に会う時は死ぬ時だぞ。お前と次に会えるのは確か九十年以上先・・・・おっといけない、これは本人には喋ってはいけない規則だった。まあいいか、この記憶はすぐに消えるだろうし」


「この私の記憶、消えちゃうの?」

「ああ、あと十分程度かな。死神だった時の記憶は全て消える」


「私、ジャンクのことも・・・忘れちゃうの?」

「ああ」


「ジャンクも私のこと・・・忘れちゃう?」

パレルは悲しそうに俯(うつむ)いた。

ジャンクも困ったように下を向いた。


「俺は忘れないよ、お前のこと」

「じゃあ私も忘れない!ジャンクのこと」

パレルの元気いっぱいに笑った。


その輝く笑顔と思わぬ言葉にジャンクは顔を横に逸らした。

目に潤んだものを隠すつもりだったのだろうが、その姿はパレルにはもう見えない。


「あのなパレル・・・実は・・・」

「なあに?」


「いや、何でもない」

ジャンクは言いかけた言葉を飲み込んだ。


「ありがとな。お前の笑顔はどんな天使よりも天使らしいよ」

ジャンクはめいっぱい平然を装った。

涙を悟られぬように。


「あれ?もしかして、ジャンク泣いてるの?」

「・・・泣いてねえよ!」


「相変わらず嘘が下手ね、ジャンク。また泣いてるんだ」

聞き覚えのある女性の声が後ろから聞こえた。クレアの声だ。


「え? もしかしてクレアさん?」

「よかったわね、パレル。おめでとう!」

「ありがとうございます。クレアさん」


「おめでとうございますパレルさん。すごいです。全研修生でトップなんて!」

クライネスの声だ。

「ありがとう、クライネス」


「ジャンクはね、あなたが前に死んだ時は、それはもう大変だったのよ・・・」

「クレア、余計なこと言うな!」

慌ててジャンクが止めた。


「え? 私が死んだ時って?」

「ジャンク、あなたパレルに何も話してないの?」

ジャンクは黙ったまま背けた。


「どういうことですか?」


「私とジャンクはね、前にあなたが召喚、つまり死んだ時の担当だったの」

「え?」

思いもしなかったクレアの言葉にパレルは固まった。


「すまんパレル。黙ってて」

ようやくジャンクが口を開いた。


「お前が車に轢かれて死んだ時、俺はお前のすぐそばにいた・・・」

「うそ? ジャンクが私の死んだ時の・・・」


「本当だ。でもその時、俺はお前にいい思い出を見せてやることができなかった。俺が下手くそのせいでな」


確かにパレルには死んだあとの記憶がほとんど無かった。


「召喚する時にいい思い出が見ることができないと魂が不安定になるんだ。特に子供はな。天使試験の成績が悪かったのもそのせいだよ。本当にすまなかった」


しばらくパレル黙っていた。

しかし、クスっと小さく笑ったあと、ゆっくりと首を横に振った。


「ジャンクのことだから、どうせクレアさんにでも見惚れてボーっとしてたんでしょ?」

「ばかやろう!そんなわけねえだろ!」


「フフっ、いいよ謝らなくて。死神、けっこう楽しかったよ。ジャンクにも会えたしさ」

「ありがとうな、パレル。そう言ってもらると俺も・・・」

ジャンクは俯きながら静かに笑った。


「もう時間だな。そろそろお別れだ、パレル」

「またいつか会おうね。絶対に」

「ハハ、そうだな・・・百年くらい未来でな。ヨボヨボのおばあちゃんになったお前を迎えに来てやる」

「うん、待ってるよ!」


「ああ、もう車の前に飛び出すんじゃないぞ。パパとママに親孝行しろよ」

「ジャンクも美人の天使にデレデレすんなよ! 死神のプライド持ってね!」

「うるせえな、分かってるよ。じゃあ元気でな」

「うん。ジャンクも元気でね」

「俺はもう死んでるけどな」

「ふふ、そうだった。違いねえ!」

パレルはジャンクの口真似でおちゃらけた。


「真似すんじゃねえよ!」

「似てたでしょ?」

パレルは自慢げに言った。


「全然似てねえよ、俺の言い方はもっとカッコイイ・・・」

ジャンクの声が急に涙で詰まる。


「何それ? 笑うとこ?」

「ああ、おもしろかったろ・・・」

「つまんないよ・・・」

パレルも涙で言葉に詰まった。


「今度は幸せになるのよ、パレル」

「がんばって下さい、パレルさん」

クレアとクライネスが最後の別れの言葉を掛ける。


「ありがとうクレアさん、クライネス。さようなら」

声がだんだんと小さくなり、聞こえなくなってきた。


もう残された時間は僅かだ。

「ありがとう! またね、ジャンク!」

パレルは目一杯に叫んだ。


それを聞いたジャンクも目一杯の大声で叫ぶ。


「生きろパレル! 達者でな!」



ジャンク、クレアそしてクライネスの三人が父親と母親に囲まれる赤ちゃんパレルを見ながら病室の中で微笑んでいる。

パレルからはその姿はもう見ることはできない。


「聞こえたかな?  最後の俺の声」

ジャンクは心配そうに呟いた。


「聞こえたわよ、きっと」

クレアが優しく微笑む。


「大丈夫ですよ。ほら、あんなに明るく笑ってますもん」

クライネスも赤ちゃんパレルを見ながら思わず笑った。


「前の召喚の時は『俺は泣きじゃくってたから、いい記憶を見せられなかったんだ』・・・なあんて本当のことはパレルには言えないわよね」

クレアが悪戯っぽくジャンクをからかった。


「うるせえ!言うな!」

「ふふ・・・」


「ジャンク、あなた、自分からパレルの教育係を名乗り出たらしいわね。神様ゼウスに聞いたわ」

パレルあいつが死んだ日、神様セウスのところに頼みに行ったんだ。その時に約束したんだ。パレルを研修生のトップにさせることができたら、召喚期間を経ずに現世に戻してやるってな・・・」


ジャンクは優奈パレルの死をただ見ていることしかできなかった。

命を助けることも、まともに召喚させてやることもできなかった。

だから、どうしてもパレルを救いたかった。自分の手で。


「じゃあ、最初からパレルを特待生にさせるつもりだったの? だからあんな無茶ばっかり・・・数百人いる研修生のトップだなんて・・・」


「俺も正直、トップを取るなんて自信は全く無かったさ。でも、やるだけのことはやりたかったんだ。パレルあいつのために」


「本当によくやったわね、パレルあのこ

「ああ、たいしたヤツだよ」

「教育係が良かったのかな?」

「まあな!」

「でも、まさかリヴァイブに成功するなんてね。神様ゼウスもびっくりしてたわ」


研修生がリヴァイブを成功させたのは前例が無かった。

そしてその噂はすでに天界で広まっていた。


「クレア、お前がそのこと神様ゼウスにチクッたのか?」

「チクッたなんて人聞きが悪いわね。ご報告・・・って言っていただけるかしら」

「・・・ったく」


「あなたにも今回のパレルの教育担当した功績で天使昇格の通知がきたでしょ」

研修生の教育係は、受け持った研修生が優秀な成績を修めると、その功績が認めらて褒美が与えられる。


「チッ、何でも知ってやがんな。でもその話は断ったぜ」

「何で?」

「俺は死神このしごとが好きなんだよ」

ジャンクは気取った感じで答えた。


「ふふ・・・ジャンクならそう言うと思った。昔から変わらないね」

「・・・・今、怒るところか?照れるところか?」

「どちらでも・・・」

クレアはちょっと呆れ顔で苦笑いをする。


「それにしても、何だよ昇格って? 俺たち死神は天使より身分は上でも下でもねえ!」

ジャンクは昇格させるという言葉が気に入らなかった。

天使と死神は人気の違いであって、身分の上下はないのだ。


「そうね。それにジャンクに天使の制服は似合わないわね。想像しただけで笑いが止まんないわ。ねえクライネス」

「そうですね・・・確かにちょっとキツイですね」

「違いねえ!」

なぜか自慢げに答えるジャンク。


「あの・・・ここは怒るところだよ、ジャンク」

「え・・・そうなのか?」


三人は顔を見合わせた。

「フフッ・・・」

思わず笑いが漏れた。


「パレル、今度は幸せになれるといいわね」

「ああ、なれるさ」


三人は赤ちゃんパレルを見守りながら、ゆっくりと天国うえへ昇っていった。




保育器の中にいる赤ちゃんパレルをパパがゆっくりと抱き上げる。

「結菜! パパだぞお!」

「結菜! ママよ!」

赤ちゃんパレルを二人で強く抱きしめた。

赤ちゃんパレルはパパとママの温もりが感じていた。


 ――あったかい・・・。

その感覚は夢でも記憶でもなかった。


父親がさらにぎゅっと赤ちゃんパレルを抱きしめた。

「きゃっ、苦しいよパパ」

もちろん声にはならないが心の中で叫んだ。


「パパ、ママ、今度は絶対に親孝行するからね!」

その笑顔は、まるで天使のように輝いていた。








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