第38話 分かたれた道の先で⑤
「やってあげたいのはやまやまなんだけど……こんなご時勢だからさ、悪いね」
申し訳なさそうにする御者のおじさんに頭を下げ、人目につかないようコソコソとその場を後にする。
断られたのはこれで3人目だ。
お店の常連さんなど、繋がりのある御者は全て当たったことになる。
「すみません、やはり私が足を引っ張ってしまっていますね……」
「そんな! スティアさんは何も悪いことしてないですよ」
「いいえ、私が身分を明かせていれば今頃はとっくに馬車の中です。この間にもロジーさんは危険と隣り合わせだというのに……」
「それについてはさっきも否定したのだよ。“逃走という手段”のために“正体を隠すという目的”を放棄してどうする」
「それは……はい、そうでした」
御者の人たちは決して私たちにイジワルをしようとして断っているわけではない。
半年前にロジーが暴いたジオラス領の一件以来、ここ王都ロメリアでも人や物の流れについての監視が強まることになったのだという。
つまり、素性の知れない人物や中身を検められない荷物などは、中に入れない、外に出せないようになっているということ。
私にはロメリア魔導学園の生徒という肩書きがある。王都においてはそれ1つだけで確かな信用を得られる後ろ盾だ。
対してスティアさんは本名を名乗れず、顔もまともに見せられない。
仮に馬車に乗せてもらえたとしても、関所で問題になれば御者の人が処罰を受けることになってしまう。
そもそも最初から違法なことをお願いしているんだ。断られても仕方がない。
「……あ、そうか」
セリアさんが言っていた“虫”の話とも繋がる。
ロジーを王都の外へ連れ出せたということは、物流を管理するようなところにも敵が入り込んでいるんだ。
こんな単純なこと、ロジーならとっくに気づいて別の案を考えていたはず。
スティアさんは自分が足を引っ張っていると言っていたけど、それは違う。
足を引っ張っているのは私だ。
戦うこと以外何もできない――違う、ロジーがいなきゃ何もできない。
つくづく自分のふがいなさを思い知った。
「リーシャ」
ぽん、と背中を叩かれて我に返る。
セリアさんが表情を変えないままこちらを見ていた。
「は、はい。どうかしましたか?」
「この場面、ロジーならどうすると思う」
「え? そんな、私にはロジーの考えなんて……」
「ロジーの考える全てを読み取ることなどボクにも無理だ。そうではなく、あの男ならこういう時に何をしでかすか聞いているのだよ」
……こういうとき、ロジーなら何をするか。
「御者の人も関所の人も上手く騙して、簡単に通り抜けると思います」
「やりかねない。というより、息を吐くように嘘をついて涼しい顔で乗り切るだろう。つまり――」
「つまり?」
「方法はある、ということなのだよ。一見合法な手段で、彼女の正体を露見させず、王都を抜け出す道は存在している。リーシャ、鍵を握っているのはキミだ。ロジーのトリックを間近で見てきたキミならいい方法を思いつくかもしれない」
……トリック。
たしかにロジーはこれまでやってきたことの説明をしてくれていた。
特に『大きな動きに注目させ、小さな変化から視線を逸らす』手法――ミスディレクションは、小さな仕掛けから大きな仕掛けまでたくさんのことに応用が利く。
もっと大きな違和感……たとえば銀髪エルフである私に注目させて、スティアさんから視線を逸らすとか。
……いや、私だと違和感が強すぎて、私を避けてスティアさんの方へ注意がいってしまったり、かえって警戒されてしまったりする可能性がある。
それにスティアさんを隠せているわけじゃないから、そもそも馬車を出してもらえるか怪しい。
ダメだ、不確定要素が多すぎる。
ロジーの立てる作戦は、きっとこんな頼りないものじゃない。
「……隠せないのなら、隠さなきゃいい」
「うん?」
ふと口をついた言葉にセリアさんが首を傾げた。
「あっ、いえ、ロジーならそんなことを言いそうだなって思って。ほら、学園の理事長室で“パッチワーカー”と戦った時も、スウェンっていう強い相手は最初から人任せで、私たちは戦うつもりなかったじゃないですか」
「勝てないのなら戦わない……いや、たしかにそれはそうだ。だが、ロジーの場合あらゆる可能性を考えたうえで別の方法を模索しているのではないか?」
「はい。ですから私たちも、隠せないなら別の方法を考えればいいんじゃないかなって。たとえば、クリスちゃんによく似てるからクリスちゃんになってもらうとか。まだ少し暗いのでちょっとくらい体格が違っても分からないかなって……あははっ、そんな単純なこと上手くいくわけ……上手く……あ、あれ? もしかしてこれ、いけます?」
セリアさんは目を見開いて驚いた後、吹き出すように笑って口元をおさえた。
「……くくくっ。お見事なのだよ。答えを見つけたな、リーシャ」
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