第37話 分かたれた道の先で④

「それにしても、ロジーは大丈夫でしょうか……」


 そう言った私に、セリアさんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「何がおかしいんですか?」


「別に悪気は無い。キミらしくもないと思っただけなのだよ」


 セリアさんはこちらを気にすることなくパジャマを脱ぎ捨て、外行きの服へと着替えていく。

 その上からベージュのコートを纏って襟を立てると、ハンチング帽を目深にかぶって顔を隠した。


「……あの男の厄介さは君が一番よく知っているだろう」


「え……?」


「一度中に引き入れたが最後――人を操り、場を掌握し、全てがヤツの筋書き通りに動いていく。大方今も、自分を誘拐した集団のリーダーにでも取り入ろうと状況を引っ掻き回しているところなのだよ」


 そう言ったセリアさんは部屋の扉を開けて顔を出し、廊下の様子を窺ってから手招きした。


「まずは誰にも見られず学園を出ることから始めるとしよう。リーシャ、頼めるな?」


 それから何でもないようにそう言って、深紅の瞳で私を見つめた。


「……はい!」


 ◆ ◆ ◆


 入ったときと同じく、監視の薄くなっている場所を通って学園外に出た。

 空が明るくなり始めている。

 のんびりしているとあっという間に日が昇ってしまうだろう。


「それで、これからどうするんですか?」


「行き先によっては馬車を調達する必要があるのだよ。食料も要る」


「ロジーに指示されたのはジオラス領のカシアという街です」


「ジオラス領……王都からなら馬車で丸2日といったところか。となると、長距離用の馬に護衛も必要になってくるな」


「……あの、それでしたら私の方で用立てできると思います」


 これまでずっと黙っていたスティアさんがおずおずといった様子で手を上げた。


「事情も聞かず、他言もせずに馬車を出してくれる方を知っているんです。有事の際にはその方を頼れと幼い頃から言い含められていまして」


「……できればそれは最後の手段にしたいのだよ」


「え? でも――」


 食い下がったスティアさんにセリアさんが鋭い視線を向ける。


「今回の誘拐事件、ターゲットは本来キミだったということは分かっているかい?」


「は、はい」


「では考えてみるのだよ。なぜ誘拐犯はこんな深夜にキミが外出すると知っていたのか、なぜキミが乗る馬車を知っていたのか、なぜキミがフードをかぶって顔を隠していると知っていたのか」


「あ……」


「そう、王……ごほん、キミの所属する集団の内部から情報を流した者がいる。今回なら十中八九キミたちを乗せていた馬車の御者なのだよ。まあ、ロジーはそれを逆手にとって自分をターゲットと誤認させたわけだがね」


 そうか。

 だからあの時ロジーはまず御者のおじさんがどうなったか聞いたんだ。

 単なる事故か、故意に引き起こされたものかを確かめるために。

 そしてスティアさんの外套を奪い、スティアさんに成り代わって誘拐された。


「確証があるわけではないが、集団に入り込んでいる虫は一匹とも思えない。もし今そんな連中の耳にキミが健在だという情報が入ったなら、きっとロジーは無事ではすまないのだよ」


「……なるほど、それでリーシャさんも私に護衛を呼ぶなと言ったんですね」


「あ、いえ、私はその……なんとなくロジーならダメって言うかなって思って」


「……その感覚は大切にしたまえ。たとえロジーと離れ離れになっていても、キミのことを守ってくれるのだよ」


 セリアさんはそう言ってそっぽを向いてしまった。

 その直前に唇が動いているのは見えたものの、声を出していなかったので何を言ったか聞き取ることはできなかった。


「――では、まずはボクたちの知り合いから当たってみるとしよう。“銀燭の灯火”の客で馬車を扱っている者が何人かいたはずなのだよ」


「すみません、お役に立てず……」


 スティアさんが申し訳なさそうに頭を下げた。


「大丈夫ですよ、スティアさん。私も頭を使わなきゃいけない場面では全くの役立たずなので!」


「……誇って言うことではないのだよ、まったく」


 呆れたように言ったセリアさんはなんだか優しげな笑みを浮かべていた。

 そうして先を歩き始めたセリアさんの後を、スティアさんと私は並んで追いかけていくのだった。

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