第13話 出会うべくして⑤
目的地はステモン墓地。
王都ロメリアの外周区北東、ラランと呼ばれるスラム街のすぐそばにある。
途中で馬車を拾おうとするも、こんな時間に都合よく通っているはずもなく当然捕まらない。
深夜に遠出したことが無かったとはいえ、考えが甘かったか。
「ごめんリーシャ、これじゃ帰りは何時になるか分からないや」
「仕方ないですよ。歩いていればいつかは着きますから、頑張りましょう」
区画整理されているとはいえ、王城から外周区までは直線で5キロ弱はある。
歩けば1時間以上かかるような距離だ。
1人ならうんざりしているところだろうけど、こういう時はリーシャの前向きさが頼もしい。
「私なら大丈夫ですって。“ラスティソード”にいた頃なんて、これくらいの時間にはまだ働いてたじゃないですか」
「まあね……と言いたいところだけど、体力的に心配しなきゃいけないのは僕の方かも」
歩き始めてまだ15分しか経っていないというのに、脚には既に気怠さが漂っていた。
日頃いかに身体を動かしていないかを痛感する。
荒事は基本リーシャやクリスティーナに任せっきりだし、鍛える機会も必要も無いんだよね。
「いざとなったら私がおんぶしてあげます!」
「いや、それはちょっと……」
◆ ◆ ◆
すれ違う人も滅多にいない中、夜の街をひたすら歩いた僕たちはステモン墓地の一角に辿り着いた。
想像していたよりもかなりの規模のようで、ここから目当ての人物の墓を探すのはさらに骨が折れそうだ。
「仕方ない。リーシャ、手分けして探そう。刻まれた名前は“ジーン”で、そこそこ古い墓の可能性が高い」
「分かりました」
「ああそれと、あんまり離れすぎないようにしよう。お互いに何かあればすぐに駆け付けられるような距離で」
「……ロジー、もしかして怖いんですか? お化けとか」
両手をしな垂れさせ、声を震わせながら顔を寄せてくるリーシャ。
なるほど、お化けを示すジェスチャーはどこの世界でもこうなんだな。
「いや? だってほら、僕は幽霊とか視えるし」
からかうように言ったリーシャに真顔で返すと、そのままの表情で固まり動かなくなった。
「冗談だよ」
ぽんぽんと肩を叩いて目的の墓を探すよう促す。
見つけてからももうひと仕事あるんだ。滅多に人が通らない時間帯とはいえ、誰かに見られる前に事を済ませたい。
「——これだ。リーシャ、こっちへ」
そうして探し始めて5分ほどが経っただろうか。
火灯石のぼんやりとした明かりだけで探すのは苦労したものの、運が良かったのかお目当ての墓は案外すぐ近くにあった。
まあ、これから向いてきた運も裸足で逃げ出すようなことをするつもりなんだけど。
「うわ、本当に古いですね」
「でも見て。墓全体の風化の度合いに比べて、名前が刻まれた部分の溝はずっと新しい。誰かが定期的に刻み直している証拠だ」
「“パッチワーカー”、でしょうか」
「かもね。やつはイカれた殺人鬼だったけど、この人の死を悼んでいたのは間違いなさそうだ」
そう言って墓の前で手を合わせる。
この世界の信仰については詳しくないけど、何もしないよりはマシだと思った。
「何をやってるんですか?」
「先に謝ってるんだよ、これからすごく酷いことをするから」
懐から杭のような形の魔導具を取り出す。
園芸や庭いじりに用いられる無系統のもの。お金を出せば誰でも買えるような粗末なものだ。
その魔導具にかなりの量の魔力を込めつつ墓前の地面に突き刺し、リーシャを伴って数歩下がる。
直後、時間差で発動した魔導具が一瞬青白く光り、突き刺した周囲の地面を押し退けるように掘り下げた。
穴を掘るのに重機どころかスコップすらいらないとは、身体を動かすのが億劫な僕にとっては便利な世界だ。
「まさか……! だ、ダメですよ! お墓を掘り起こすなんて!」
魔導具が開けた穴の中に見えていた棺桶に近づこうとすると、リーシャが慌てて僕の腕を掴んだ。
「でも、こうすることで分かることもある」
「あ、ちょっと待ってください!」
リーシャの制止を振り切るように棺桶の埋まっている深さ20センチほどの穴へ。
傍らには魔力の込め過ぎで破損したと思われる魔導具が無造作に転がっていた。
さすがに限界以上の穴を掘ろうとすればこうもなるか。
「さて、後はどうやって棺桶を開けるかだけど――」
「っ!」
ここまで静かでなければ聞き取れないほどの小さな物音。
ともすれば風の音とも取れるような微かなノイズが届いたその瞬間、壊れた魔導具をひっ掴んだリーシャが何も無い暗闇へ向けて投擲する。
「ちっ!」
舌打ちと共に甲高い金属音が墓地に響く。
「姿を見せろ!」
激昂したリーシャの剣幕に押されたか、闇の向こうで息を飲む気配があった。
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