第12話 出会うべくして④
「それじゃ、僕らはちょっと寄るところがあるから」
バーの営業を終えて学園に戻る途中、そう言って別の道を行こうとした僕らにクリスティーナが訝し気な顔を向けた。
深夜の0時過ぎに、年頃の男女が2人きりで、夜の街に消える――
言い方はともかくとして、明日も普通に授業があるという状況なら不思議に思わない方がどうかしているだろう。
「学園内で賭け事をやっていた身から言うのもなんだが……」
そう前置きしたクリスティーナが呆れたような表情で嘆息した。
「ほどほどにな」
「もちろん」
肩を竦めながら応えるとクリスティーナは僕らを追い払うように手を振った。
十字路で別れを告げ、目的地を目指して歩きはじめる。
「……あの」
リーシャが控えめに口を開いたのはそれから数分後のことだった。
「うん?」
「よかったんですか? クリスちゃんを除け者みたいにして」
「……」
ほう、と白い息を吐き出して、冷たく澄んだ星空を見上げる。
「……クリスティーナには悪いけど、今回の件に彼女を関わらせるつもりは無いんだ」
「理由を聞いても?」
「クリスティーナの夢は騎士になることでしょ? 将来仕えるだろう王家が絡んでそうな問題に巻き込んで、反逆者の一味として名前が挙げられでもしたら笑い話にもならないから」
「あ……」
でしょ? と首を傾げると、リーシャはこくこくと頷いた。
「同じ理由でレナードにも頼らない。事情がどうであれ、僕らがやろうとしているのは国に弓引く行為だからね」
「正しいことをしようとしている……はずなんですけどね」
「それが世界の難しいところだよ」
正しい行いが必ずしも世界のためになるとは限らない。
ひたむきな努力が必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。
だからこそ、この世には“不条理”や“理不尽”という言葉が存在する。
「すごいですね、ロジーは」
「ん、どうして?」
「何て言うか、“大人!”って感じがします。私と同じくらいの歳のはずなのに、色々なことを知っていて、色々なことを考えていて」
鼻息荒く見上げてくるリーシャに思わず表情が緩む。
「リーシャだって頭はいいんだ。あと5年……いや、3年もすればきっと良い大人になれるよ」
「私は全然ダメです。何もできないくせに、あれがやりたいこれがやりたいばっかり。本当に子供ですよね」
「でも、もしもリーシャが僕と同じ“大人”だったなら、今頃はきっとクリスティーナと一緒に学園へ帰ってるんじゃないかな」
「え?」
「そうして世界は何事もなく回り続ける。どこかで消費されている銀髪エルフはそのままで、僕らを頼ったスティアは人知れず消され、当の僕らは変わらない日々を送る」
「あ……」
くすりと笑いながらリーシャの頭を帽子の上から撫でる。
「子供心ってさ、自分でも気づかないうちに失くしちゃうものなんだ。いつの間にか自分の中から消えていて、何をしたいかじゃなくて、何を諦めるかで自分の行動を決めるようになる」
「……」
「それを悪だと言うつもりはないけど、できればリーシャにはそうなってほしくないとも思う」
「……どうして?」
「今日学園で“やりたいこと”じゃなくて、“やりたくないこと”を聞いたのは覚えてる?」
「え? は、はい。結局どうして“やりたくないこと”なのかは分かりませんでしたけど」
教師のサラと、そしてリーシャにも同じことを言った。
これにはちゃんとした理由がある。
「“やりたいこと”には妥協が混じりやすいんだ。もしこう聞いていたなら、リーシャはきっとこう答えたんじゃないかな。『ロジーが皆のことを考えて決めたなら、その選択を尊重したい』ってね」
リーシャは数秒の思案の後、視線を逸らしながら躊躇いがちに頷いた。
「その心は、自分にはできることが無いから仕方ない、だ」
「……妥協、ですね」
「対して“やりたくないこと”は本心から出やすい。怒りや嫌悪みたいなネガティブな感情の方が原始的な反応だからね、余計なノイズが入りにくいんだ」
もしもそこで『僕に迷惑をかけたくない』という言葉が出ていたなら、それがリーシャにとって本当に重要なことだと判断し僕も諦められただろう。
「じゃあ、ロジーがあの時“やりたくないこと”は何だったんですか?」
「えっ?」
不意打ちのような言葉に一瞬固まってしまう。
「私にその質問をした時です。あの時のロジーも、何かが嫌だったからあんなにも上の空だったんですよね?」
それは、と口籠りながら俯く。
余計なことを考える必要は無い。
自分で言った通り、“やりたくないこと”を口にすればいいだけだ。
「……何と言うか、その、僕に気を使って妥協しようとしてる君を見たくなかったんだ」
「つまり?」
少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべたリーシャがそこにいた。
「何事にも真剣に向き合うリーシャ・ミスティリアでいてほしかった。これでいい?」
「はい!」
全てを諦めて質問に答えると、リーシャはご機嫌な様子で腕に抱きついてきた。
顔が熱くなってきたのは気温のせいじゃないだろう。
吐く息が白く染まるこの季節に、そんな言い訳は通用しないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます