第65話 7年前の真実③

「ふん、だからどうしたと言うのだ」


 地図上で示された場所を見て、アルバートが鼻白んだように嘲笑を浮かべる。


「ロジー・ミスティリア、貴様のやり口はもう分かっているんだよ」


「そう?」


「ああ、そうとも。もっともらしい理屈と自信満々な態度で自分のペースに乗せ、そこから抜け出そうともがく獲物の先に何重もの糸を張り巡らせ待ち構える。まるで狡猾な蜘蛛のようだ」


「蜘蛛、ねえ。世間ではグレンドレックの犬だとか狐だとか呼ばれてるみたいだけど……ふふっ。つまり今僕は、飼い主の手を噛んでいる状況なのかな?」


「そうやって挑発しながら会話を振り回して、私から冷静な思考を奪おうというのだろう? さっきは一杯食わされたが、2度目は無い」


「分かってるよ、だからハッタリを仕掛けるのは最初の一回だけだ」


 とん、とセリアの背中を押す。

 僕が受けた依頼――それはセリアを父アレクと同じ、世の不正と戦うための手助けをすること。

 つまり、そのために必要な証拠を見つけ出すまでが僕の仕事だ。


「アルバート、君は自分にすら見つけられなかった証拠を、僕たちが見つけられるわけがないと思ってるんだろう。アレク・ノーレントの亡霊を使って虚勢を張っているだけだと」


「当然だ。どれだけ理に適った推理を披露したところで、その根拠となる証拠を提示できなければ誰も人を裁くことはできん。ここはそういう世界だ」


「つまり、証拠がない以上罪を認めるつもりも、アレクに詫びるつもりもないと?」


「愚問だな」


 やれやれといった様子でアルバートが肩を竦める。


「だってさ、セリア」


「……ロジー」


「僕の出番はここで終わりだ」


 縋るような目を背中越しに向けてきたのも一瞬のこと。

 自分が今日まで生きてきた意味を思い出したかのように、セリアの瞳に決意を湛えた火が灯る。


「最後の幕引きは、君の手で」


 自分の信じる正しいことを成そうとする強い意思が見える。

 そして、覚悟を決めた深紅の双眸に、僕は一度だって会ったことのないアレク・ノーレントの面影を見た気がした。


「——もしかしたらそれは、悪意から始まったものでは無かったのかもしれない。もっとも、今を生きるボクにそれを確かめる術はないのだがね」


 一歩前に出たセリアが話を始める。


「だが、それを理解した上で敢えて言おう。アルバート・グレンドレック、そして“パッチワーカー”——これが、キミたちの罪の全てなのだよ」


 セリアが突きつけたのは古びた木製の筒。

 開けた蓋を投げ捨てると、セリアは筒の中から2枚の上等な羊皮紙を取り出した。

 それを見た途端、アルバートの顔から急速に血の気が失われる。

 その反応の意味を説明する必要は無いだろう。


「これは契約書だ。1枚は殺人を依頼する代わりに、犯行のサポートや証拠の改竄を約束するもの。そしてもう1枚は、犯行に必要なありとあらゆるサポートを享受する代わりに、決して外部へこの事実を漏らさないことを約束するものだ。どちらも魔力を込めた血判があり、どちらかが裏切った時に相手を道連れにできるようになっているのだよ」


 これこそ“パッチワーカー”が一切の証拠を残さず犯行を重ねられたトリックのタネだ。

 大掛かりな犯行であればあるほど1人で行うのに無理が出てくる。

 “パッチワーカー”として大成した後であれば信者の手も借りられるとしても、それまでは絶対に協力者が必要だ。

 完全に証拠を隠匿するのは不可能に近い。だから、自治組織が回収した証拠そのものを無かったことにできるくらいの、そこそこの権力者であるという条件付きで。


「アルバート・グレンドレック、キミは実に聡明な人間なのだよ。だが、だからこそ分かってしまった。ルーツをエルフの一族とするグレンドレックの血筋では、正攻法による立身出世は叶わないと」


「ぐ……」


「単なる暗殺や事故に見せかけた“ありふれた殺人”では意味がない。その殺人によって得をする以上、自分に疑いの目がかかるのは時間の問題だったからだ。だから、もっと人目を惹くような“異質で鮮烈な殺人”が必要だったのだろう?」


 差別に抗おうとした1人の男と、他者を蹴落としてでも成り上がろうとした1人の貴族——2人の利害がここに一致したわけだ。

 一度の犯行で3人が犠牲になるという手法が上手かった。

 アルバートのターゲットとなる人間以外も死んでいるため、特定の1人やその家族を狙ったものより自然だ。

 何よりあそこまで残酷で個性的な犯行であれば、どうしても政治とは結びつきにくい。


「そして世間は連続猟奇殺人犯に恐怖し、キミはその影で出世街道を駆け上がった。だが、今の地位にまで登り詰めてからは“パッチワーカー”の存在が邪魔になった。というより、信者の数も増えて強大になってしまったことに危機感を覚えたのかもしれない」


 契約で縛られているとはいえ、アルバートにとって“パッチワーカー”は自身の弱みそのものだ。

 彼の持つ契約書と告発1つで自分は破滅してしまう。

 そういう意味では、もともと長く生かしておくつもりも無かったのかもしれない。


「そのためには契約書が邪魔なのだよ。だから、自分の子飼いに契約書を奪わせ手元に2枚揃った時点で焼き払ってしまうつもりだった。……っ、そこにアレク・ノーレントの介入があるまでは」


「……そうだ、全てあの男が原因だ。あの男さえいなければ、“パッチワーカー”などという怪物が生きていることも無かっ——」


「キミもその怪物なのだよ、アルバート・グレンドレックっ!」


 セリアの激昂が室内をこだまする。


「直接的であれ間接的であれ、自分の出世のために誰かを犠牲にした時点で、キミも“パッチワーカー”と同じ人殺しだ!」


「何も分からん小娘が……!」


「ああ、分からないのだよ。他人どころか、自分の家族すら犠牲にできるキミの考えなど、分かりたくもない!」


 状況を静観していたルクルとユーリが長い息を吐く。


「——アルバート・グレンドレック、王都より認められた私立探偵の権利により、キミを逮捕するのだよ。ボクに証明できるのは“パッチワーカー”の件だけだが、これさえ立件してしまえばキミを守る権力の鎧は剥がれ落ちる。そうなれば、他の罪は次期当主が暴いてくれることだろう」

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