第61話 折り重なる執念④

 ユリシア・レーネ・グレンドレック、か。

 想定していた道筋とは大幅に違うものの、切れる手札が増えたのは喜ばしいことだ。

 ただ――


「どうするんですか、ロジー。こんなの予定に無いですし、このままじゃお2人が……」


 そう。

 リーシャの言う通り、本来2人を目撃者以上の存在にするつもりは無かった。

 頼もしく思う反面、気持ちは複雑だ。


「まあ、今の流れを見てればルクルはどうせもうダメだった。結局行方不明者が1人増えるだけなのは変わらないよ」


「……その行方不明者って、もしかしてわたくしのことですの?」


「正確には“僕たち”だね。もちろんしくじった後の話だけど」


「ふふっ……ふう、全く笑えませんわね」


 まだ怯えの混じった声色でルクルが言う。

 これまで自分が振り翳してきたグレンドレックの威光を、今度は自分の身をもって味わっているのだから無理もない。


「ユーリ、何か勘違いしているようだから教えてやるが――」


「ユリシアです、お祖父様」


「聞け。どこぞの娼婦の産んだエルフの小娘が、今や上級貴族であるグレンドレックの姓を名乗ることができた理由を忘れたのか?」


 悔しげな呻き声が背後から聞こえる。


「全てはこの私、グレンドレック家の当主が認めたからだ。ユーリ、お前にしてもそうだろう。お前が望み、私が許したからこそ、ユリシアはユーリになった」


「それ、は……」


 アルバートが伸ばした足を組み、顎を上げて見下すようにユーリを睨む。


「まったく、我が血を分けた孫娘ながら愚かなものだ。つまらん正義感で人生を棒に振りおって」


「さあて、それはどうかな?」


 行儀が悪いと思いつつもテーブルの上に足を投げ出す。

 挑戦的な笑みを浮かべると、アルバートは現状に辟易した様子で目を閉じた。


「……はあ、もういい」


 連れて行け、とアルバートが言うと、学園のローブに身を包んだ男たちが応接室へ一斉に踏み込んでくる。

 僕らが話している間ずっと扉の前で待機していたのだろう。

 いろいろと想定外のこともあったけど、これでようやく――


「セカンドフェイズだ」


 手元のリングに魔力を込めながら言う。

 と、停電でも起きたように室内の灯りが消える。


『ロジー、魔力路の一部を断線させたぜ』


 リングを通して聞こえてくるギリの声に口角を上げる。


「復旧まではどのくらい?」


『長くて30秒ってところか。そこは無駄に最新の設備が揃ってるからな、すぐに予備の魔力路に切り替わっちまう』


「十分だよ、彼にとってはね」


 なんて言っているうちに灯りが点く。

 時間にして20秒足らず、しかし――


「む?」


 アルバートの視線の先、そこにはクリスティーナの一件で出会った例の大男が1人立っている。


「やあ、この前ぶり。この状況を見る限り、肩の調子は良いみたいだね」


「……」


 大男の足元には、部屋へ踏み込んできた大勢の男たちが気を失って倒れている。


「スウェン、貴様……!」


 事情を察したのだろうアルバートの額に青筋が浮かぶ。


「あの御方の復活の時が来たのですよ、アルバート様」


 スウェンと呼ばれた大男が黒いローブのフードを取る。

 その下から現れたのは短く切られた銀色の髪、そして――


「っ」


 僕は思わず目を細め、リーシャは驚きのあまり息を飲む。


「……その穢らわしい姿を私の前に晒したのは2度目だな」


「1度目はあなたに取り入った日。そして2度目は、今日という日と決めておりましたので」


「貴様、何を言っている!?」


「アルバート、君も察しが悪いね。それとも、長年従えてきた忠実な執行人が、まさか自分を罠に嵌めようとしているスパイだとは思えないのかな」


 スウェン――そう、彼こそグレンドレック家の暗部を取り仕切ってきた男であり、連続猟奇殺人犯“パッチワーカー”の敬虔な信徒でもある。

 鳶色の目が僕を見た。


「……ロジー・ミスティリア、なぜ俺がエルザ・レリクスを襲った男と気づいた。顔は見せなかったし、認識阻害の魔導具で体格を偽装していたはずだ」


「確かに見た目では気づかなかった。でも、音は嘘をつかない」


「音、だと?」


「目算では身長175センチ程度、足音から推測した体重は80キロ。まあありえる数字ではあるものの、しっかりと訓練を受けただろう人間が自分の体重そのままの音を出すはずがない。それに、ドアに体当たりするまでの歩数も想定より少なかった」


「……相変わらずだな、大したものだ」


 皮肉を込めた笑みで僕を見るスウェンに首を振る。


「これはあくまで推理のための断片でしかない。君に行き着いたきっかけは、君のその“覚悟”だ」


「覚悟?」


「あの時君が自ら肩を外してまで逃げた理由――それって、僕たちと一度顔を合わせていたからでしょ? エルザを襲ったのがグレンドレック家の子飼いと知れれば、必ずアルバートの耳にも入るはずと君は考えた」


「それだけは避けたいはずなのだよ。キミの管理している証拠、つまりこれまで消してきた人間たちの死体を、アルバート・グレンドレックは再びどこかへ隠してしまうだろう。キミの言う“あの御方の復活の時”に必要な証拠が失われるというわけなのだよ」


「そこまで推測できれば十分。決定的な証拠を掴んだと“パッチワーカー”に知らせつつ、リーシャを連れてアルバートの不安を煽ってやる。後はリーシャの戦力を警戒したアルバートに護衛を一ヵ所に集めさせ、チャンスを与えて君の反応を見るだけだ」


「仕組んだからには俺が協力すると踏んだのだろうが、そいつはなぜだ?」


「簡単だよ。君は……いや、君たちはずっと探していた。アルバート・グレンドレックを確実に追い落とせる証拠をね。誘拐にも殺害にも一切関与しないアルバートを有罪にするには、君の証言と死体だけじゃ不可能だ。だからこそ、僕たちに協力する必要があった」


 自分が乗せられただけと知り、苦々しい顔で舌打ちをするスウェン。


「唯一全くの予想外だったのは、君が銀髪エルフだったってことくらいだよ。ただ、“パッチワーカー”の信者としてはこの上ないほどの納得感があるけどね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る