第27話 2つの誤算②

「だが……分からんな」


 長い金髪が床を擦っていることを気にも留めず、クリスティーナは腰を下ろし天井を仰いだ。


「何が?」


「お前が私たちを止める目的だよ。利益を掠め取ろうという魂胆は見えないし、かと言って正義のためというのはもっと違う。そのうえ、勘違いでなければお前は私を助けようとさえしている。いったいなぜだ?」


 異様に膨らんだポケットを揺らしながら、セリアがこれ見よがしに首を傾げた。

 いやいや、それはあくまで副産物だ。主目的じゃない。


「それについては最初に言ったはずだよ? 僕は君について興味も無いし、利用してやろうと思ってるだけだって。言い方は悪いけど、君を助けたのはあくまで目的達成のための近道になるからだ」


「なんて言ってますけど、理不尽に苦しんでいる人を放っておけないだけですよ。優しいんです、ロジーは」


 誇らしげに話すリーシャと僕を交互に見て、クリスティーナが微妙な顔で首を傾げた。


「百歩、いや千歩譲って、仮に、万が一億が一僕が優しい人間だったとしても、今回最初にクリスティーナを気にかけたのはリーシャだ。僕は自分のやりたいこととリーシャのやりたいこと、その2つを同時に実現できる方法を取ったに過ぎない」


「……はは、不思議だな。そう言われた方がしっくりくる」


 クリスティーナは乾いた笑い声を上げながら、長い溜息と共に肩の力を抜く。

 刺々しかった雰囲気は薄れ、諦観にも似た穏やかな表情を浮かべる1人の少女がそこにいた。


「聞かせてくれ、お前のやりたかったことを」


 その真剣な眼差しを受け、返事の代わりに深く頷く。

 それからリーシャに取り押さえられたミゲルに向き直ると、恐怖に揺れる双眸を真っ直ぐに見下ろした。


「全ての始まりは1人の男が企てた計画だ。主な登場人物は僕とリーシャ、ルクルとセリア、そしてクリスティーナの5人――」


「お、お待ちなさいロジー! わたくしが関係者? いったいどういうことですの?」


「それは説明するより実際に見せた方が早いかな。セリア、アレをお願い」


 すたすたと歩み寄ってきたセリアが、僕の眉間をチョーク状の魔導具で小突く。

 と、先程と同様に、僕の眼前に微かな青い光が浮かび上がった。


「一応確認しておくが、相手はメルクルーク・グレンドレックでいいのだな?」


「当然」


 はあ、と嘆息したセリアがルクルの元へ歩いていく。


「えっ、ちょっと……ま、まさか、わたくしを疑って……?」


「ロジーくん、待ってください! メルクルーク様はずっと私と――」


 立ちはだかったユーリの脇をまるで風のようにすり抜け、そのままの勢いで振るわれた魔導具がルクルの右手を掠めた。

 すると――


「そう、僕を魔導具で昏倒させた犯人は――ルクル、君だ」


 僕とルクルの間に青い光の線が結ばれる。


「説明しておくが、これは魔導具由来の魔力の流れなのだよ。この場合、メルクルーク・グレンドレックからロジー・ミスティリアへ何らかの魔導具が行使されたことを意味している」


「嘘ですわ……ど、どうして……」


「これは何かの間違いです!」


 青い顔のユーリがルクルを庇うように僕らと向き合った。

 何かの拍子に暴発しそうな張り詰めた空気を、「はいはい」と手を叩きながら振り払う。


「これが計画の第1段階。セリアの技術と信用を利用して、まずルクルを学外の人間――つまり僕を襲撃した犯人に仕立て上げる」


「……待つのだよ、これはメルクルーク自身が犯人であるという動かぬ証拠だ。覆そうというのなら、まず根拠となる反証を出したまえ」


 セリアが不満げ鼻を鳴らしながら言った。


「そんな嫌そうに言わないでよ」


「黙りたまえ、キミに人を利用しただのなんだのと言う資格は無いのだよ」


 セリアは三白眼で僕を睨みつけると、続けてルクルの眉間を魔導具で小突く。

 ルクルの驚いたような悲鳴と共に、僕と同じく青い光が彼女の周囲に浮かび上がった。


「……ごほん。青色の光は認識阻害系の魔導具だったよね。つまり、ルクルに何らかの魔導具を行使した人間がいたってわけだ」


「わたくしに? いえ、まさか……」


 ルクルの視線が左右に泳ぐ。

 いつ、どこで、誰に――心当たりが無いか記憶を探っているのだろう。


「1つはっきりさせておこう。ルクル、君は僕に対して魔導具を使ったね? まずはそこを認めるんだ」


 しばらくの沈黙の後、ルクルは覚悟を決めたように首を縦に振る。

 それを心配げに見つめていたユーリに、僕は安心させるように笑顔を向けた。

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