第26話 2つの誤算①

「まず最初に言っておくよ、クリスティーナ。こいつに恩義を感じるのは君の勝手だ。なんなら嘘の証言をして庇ってもいいし、僕ら全員を倒して逃亡の手助けをしてもいい」


「ちょっとロジー、いったいどういうつもりですの!? この男は——」


「ルクル、いいから」


「でも!」


 詰め寄ってくるルクルを宥める。

 怒りに燃える琥珀色の瞳が彼女の正義感の強さを物語っていた。


「まあ、君の懸念も一理ある。だから大丈夫だとは思うけど、念のためクリスティーナについていてくれる?」


「……そういうことでしたら」


 渋々といった様子で引き下がったルクルが厳しい表情でクリスティーナの隣に並ぶ。

 これまで観客席にいたルクルとユーリ、そしてセリアも呼び、このホールにいる全員がここに集まっていた。

 中心にはリーシャに組み伏せられたミゲルの姿がある。

 逃げられる心配は今のところ無いけど、もしもがあるとすればクリスティーナだろう。


「それじゃ、話を戻そう。僕はミゲルと違って君に命令する権利は持ってない。だから君は好きに行動していい。ただ、ひと暴れしてやろうと思ってるならそれは少し待ってほしい」


「……もし断ったら?」


「永遠にミゲルの管理下で生きていくことになるんじゃないかな。今は賭け試合の八百長程度で済んでるけど、それができなくなった後どうなるかは……まあ、想像に難くない。こういう場合、美人は損だね」


 発育のいい胸を見ながら鼻を鳴らしてみせる。

 憔悴していたクリスティーナの表情に、僅かな羞恥の色が浮かんだ。


 お金より娯楽を求める生徒、という安定した金づるがいる今はいい。

 安全に、かつ確実な商売ができるから、何よりも目立たずひっそりと続けていくことに重点を置く。


 けれど、ここを追われ金づるを失ってしまえば危ない橋も渡らざるを得ない。

 行き着く先は文字通り身を削る人生。

 その後に真っ当な生活は待っていない。


「さあ、選ぶといいクリスティーナ。真実を知ってこいつとの関係を考え直すか、目を閉じ耳を塞いで心中するか。君が“貧乏騎士”を抜け出せる、生涯で最後のチャンスだ」


「俺を逃がせクリスティーナ! 占い師でもねえただのガキが、未来なんて分かるわけねえ! 俺たちなら上手くやっていける、そうだろ!?」


 占い師、という単語にミゲルとクリスティーナを除いた全員が複雑な顔で僕を見た。


「……1つ聞かせろ」


「うん?」


 クリスティーナが地面に這いつくばったミゲルを一瞥する。

 なんとか抜け出そうともがいてはリーシャに腕を捻り上げられていた。


「なぜ私と先生が組んでいると分かった。それに……」


「八百長のこと?」


「そうだ。かれこれ1年になるが、八百長を疑われたことは一度もない。私は上手くやってきたはずだ」


 そんなこと、と言いながら苦笑する。


「君たちが組んでいることを暴いたのは僕じゃないよ、リーシャだ」


「何?」


 視線がリーシャに集まる。


「え、気づいてたんですか?」


「まあね」


 当のリーシャは目を丸くして驚いていた。


「リーシャ、試合中何かを気にしてたでしょ? 最初は僕を探してるのかとも思ったけど、君が見ていたのはただ一点だった。それは――」


「はい、この人です」


 ギリ、と腕を捻るとミゲルが悲鳴を上げた。


「そう、その直後クリスティーナが攻撃に移ったのを見てピンときた。ミゲルは審判の立ち位置から指示を出して、試合をコントロールしてたんだ。一方的な試合はおもしろくないからね」


 痛みのせいか恐怖のせいか、ミゲルの顔が真っ青になっていた。


「最終的には勝つか負けるかしかなくても、その過程は拮抗しているほどおもしろい――それがギャンブルだ。ここに来る客の大半は、お金ではなくエンターテイメントを求めている。上手いやり口だよ、本当に」


「あの騒音の中で聞こえるものか?」


「聞こえるんだよ、リーシャはね。だから僕も気づけたんだ」


「だが、所詮は推測だ。確証は無いだろう」


「まあそうなんだけど、僕はリーシャのことを信頼してるからね。そして、それと同じくらい君の実力も信用していた」


 クリスティーナが首を傾げる。


「素人目に見ても君の実力は本物だ。さすがのリーシャも集中を欠いた状態でどうにかできる相手とは到底思えない」


 けれど、あらかじめ攻撃がくると分かっていれば話は別だ。


「リーシャが聞いたのはきっと、“やれ”とか“決めろ”とか、それくらいの短い単語だ。何かを仕掛けてくるということだけは分かる。たとえ気を取られていたとしても、君がその指示を行動に移すまでのタイムラグがあれば――」


「ギリギリ躱せる……というわけか」


「ご明察」


 はあ、とクリスティーナは頭痛をこらえるように息を吐く。


「君の言う通り確証はない。けれど、それ以外で状況を説明できないというのは立派な手掛かりだ。後はその手掛かりを軸に揺さぶっていけば、人間は必ずボロを出す」


「つまり、カマをかけていた?」


「そうなるね。自信満々な言葉の中に八百長という単語を挟んで、君とミゲルの反応を見ていた。結果は……まあ、君たちが一番よく知っているはずだよ」


 軽く肩を竦めてみせると、クリスティーナはまるで立ち眩みを起こしたようにその場にしゃがみこんだ。

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