第12話 エンカウント②
僕が叫ぶより少し前――いや、ユーリの手に魔導具が握られていた時点でレナードは既に動き出していた。
「リーシャ!」
レナードが目で追えないほどの速度で何かを投擲する。
それを警棒のような伸縮性のある鈍器と認識したのは、後ろ手に構えたリーシャがこちらへ視線すら向けずに受け取った後。
そして、その瞬間すら置き去りにするようにリーシャの姿がブレる。
庇うように立ち塞がっていたルクルの脇をすり抜け、炎弾の前に躍り出るリーシャ。
しかし、相手は実体の無い炎だ。
警棒で振り払ったところでどうにも――
「……っ、リーシャ、スペルブレイクですわ!」
その声にリーシャが警棒を握り直す。
それに呼応するように、持ち手から先端へ稲妻のように赤い光が走った。
「はあぁっ!」
気合一閃、残像が見えるほどの速さで横薙ぎに振るわれた警棒は確かに炎を捉える。
が、案の定その中を素通りするだけだ。
もうダメかと思われたその瞬間、まるで吹き消される蝋燭の火のように炎弾が揺らぎ、リーシャを襲う直前で弱々しく掻き消える。
目を疑うような光景だ。
けれど、その理屈を考えていても仕方がない。
止めていた思考を回せ。
次にリーシャが取る行動を、その行動がもたらす結果を予想しろ。
「っ!」
あの動きは完全にスイッチが入っている。
僕の静止が無ければ相手を制圧するまで止まらない。
空色の瞳は眼前の敵を見据える。
飛び出すため重心は前に、つま先には力が溜められ、ほんの0コンマ何秒で銀の弾丸は最高速に達するだろう。
対するユーリは自由落下の真っ最中。
どう見ても状況を飲み込めている様子は無く、このままでは満足な着地もできずに5,6メートルほどの距離から床へと叩きつけられる。
結果は既に見えた。
リーシャが手を出すまでもなく、ユーリは大怪我を負うだろう。
それならリーシャを止めるか?
……いや、違う。
この状況を引き起こしたのは僕だ。
だったら、1人だって怪我人を出しちゃいけない!
「リーシャ! 全部任せる!」
細かい指示を出しているような時間は無い。
けれど、僕が「任せる」と言った意味を、リーシャなら分かってくれると信じてる。
言うが早いか、リーシャは踏み切りから駆け出すまでの過程で警棒を投げ捨てた。
トップスピードを維持したままユーリへと突進すると、落下する彼女に真横から抱きすくめるように体当たりをする。
縦に集中する力のベクトルを横へ逃がし、分散させようというのだろう。
ユーリの頭を抱えつつ体を傾けたリーシャは、慣性のまま転がるように床へと叩きつけられた。
ゴトン、という鈍い音に眉が寄る。
堪らずリーシャの元へ駆け出しながら、口元を抑え自失しているルクルの肩を叩いた。
「保健医を呼ぶんだ、早く!」
「え、は、はいっ」
階段を上るルクルの姿を見送る。
幸い正面玄関は生徒の出入りが少なく、野次馬が群がってくるようなことも無かった。
「リーシャ!」
絨毯の上を転がったせいか、ボサボサに乱れた髪を鬱陶しげに払いながらリーシャが体を起こす。
「んんっ、ふう。よし、私は大丈夫みたいです。絨毯が柔らかかったおかげで打ち身もありません」
僕の心配をよそに、リーシャはけろっとした表情であちこち伸ばし体の感覚を確かめている。
特に痛そうな反応も見せないことから、どうやら本当に無傷のようだった。
「ロジー、こっちも問題無い。怪我もしてないし意識もはっきりしてる。リーシャがしっかり頭を庇ったおかげだな」
ユーリの方を見ていたレナードも安堵の息を吐く。
全員無事――その現状を認識して、眩暈を起こしたように足がふらついた。
「っとと」
そんな僕を支えたのは、慌てて立ち上がったリーシャだ。
「ふふっ、一番お医者さんが必要なのは、ロジーみたいですね」
微笑むリーシャの顔が霞んでいる。
意識が揺らぎ、ひたすら浅い呼吸を繰り返し、額からは冷や汗が滲み、鉛でも詰められたように頭が重い。
少し気を緩めれば今にも吐きそうな状態で、それでも立っていられたのはリーシャが隣にいてくれたからだろう。
「失敗、したんですね?」
「……ああ」
「こんなはずじゃなかったですか?」
「そうだね。リーシャにも、ルクルにも、ユーリにも、怪我をさせそうになった」
「でも、誰も怪我なんてしてませんよ?」
「皆のおかげだよ。僕はまた、1人で……」
1人で何でもできると思っていた。
そして、その結果がこれだ。
「ロジー」
遠くなる意識にリーシャの声だけがクリアに響く。
「あの子がこっちを見ています。しっかりしてください」
焦点の定まらない目を向けると、たしかにユーリがこちらへ顔を向けているのが分かる。
ただ、表情も見えなければ反応も見えない。
「まだ終わってませんよ。私をここへ通わせてくれるんですよね?」
「……っ」
そう、そうだ。
まだ作戦は終わってない。
さっきの僕はどうしてルクルをこの場から遠ざけた?
作戦上ここにいられては困るからだ。
無意識だったとしても、まだ“ローゼス”としてやるべきことが残っていると僕はきちんと理解している。
口の中に溜まった粘っこい唾液を飲み込む。
それから肺の空気を全て吐き出しきり、過呼吸を起こしていた体を落ち着けるように深呼吸をした。
「おかえりなさい、ローゼス」
「……ああ、帰ってきたよ。君のおかげでね」
ふらつく膝に力を入れて、僕はもう一度自分の足で立つ。
後悔は後回しだ。
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