第6話 イマジナリー・フレンド②
さて、お嬢様との信頼関係はこれで築けたと考えていい。
あとはどれだけ疑念を育て、周囲から孤立させられるかだ。
ちらりと背後を伺うと、2人の取り巻きが不安げな表情を浮かべている。
取り巻きの地位を脅かそうとしている僕を危険視しているのか、あるいは悪い虫に騙されていそうな主人を心配しているのか。
それは詳しく話してみなければ分からない。
孤立という点で言えばほぼ達成しているけど、この2人がどう動くかによってコントロールの方法を変える必要がありそうだ。
「……」
ただまあ、あのユーリと呼ばれたショートボブの女の子は、本気でルクルを心配していたように思える。
警戒すべきはこっちかな。
「それじゃあルクル、さっそく情報交換といこう」
周囲を気にする素振りを見せつつ、手を引いて廊下の端に寄る。
この行動にこれといった意味はない。
強いて言えば“それっぽい”からだ。
「どこか落ち着いて話せる場所はない? なるべく注目されたくないから、人がたくさんいるような場所の方がいいかな」
「え? 注目されたくないなら、人がいない方がいいのではありませんか?」
「相手の手段も目的も分からない以上、周囲の人の目は多いに越したことはないよ。これからはなるべく人気の無いところにいかないよう気をつけてね」
真剣な目で訴えかけるとルクルは小さく頷く。
そう、あんまり人気の無いところにいかれちゃ困るんだ。
既に学園内に何者かが侵入しているという情報は信じさせることができた。
けれど、やはり心のどこかには「そんなことはありえない」「自分だけは大丈夫」という楽観があるだろう。
架空の怪物を生み出すには、これではまだ足りない。
最も手っ取り早いのは自分の目で確かめさせること。
自分が世界で一番正しいと考えている人間にはこの手法が効果的だ。
「では食堂へ行きましょう。あそこならわたくし専用の席もありますし、授業の終わったこの時間は人がたくさんいますわ」
「よし、案内して」
こちらへ、と歩き出したルクルの隣に並ぶ。
何が嬉しいのか、時折僕の方を見ては得意げに笑う。
自分の身に危険が迫っていると聞いたばかりなのに、呑気なものだ。
「ま、待ってくださいメルクルーク様!」
「ああ、すっかり忘れていましたわ。あなたたち、今日はもう帰っていいですわよ」
ルクルは2、3歩後ろを小走りに追いかけてきた取り巻き2人に言い放つ。
なるほど、上機嫌の理由がなんとなく分かった気がする。
「えっ? で、でも——」
「わたくしたちはこれから大切なお話がありますの」
言いながら、ルクルが僕を一瞥する。
「情報が漏れるのはほとんどの場合末端から、そうですわね?」
「ふふ、そうだね」
にこやかに返すとルクルは満足げに頷く。
あまりに分かりやすい行動に思わず吹き出しそうになった。
「そういうわけで、あなたたちはもういいわよ。ご苦労様」
そう言って背を向け歩き出すルクルに、ユーリがカバン片手に駆け寄ってくる。
その切羽詰まったような表情を見て、僕は咄嗟にその間へ割って入った。
「カバンなら僕が持つよ」
「あら、気が利きますのね。ありがとう」
一瞬だけ振り返ったルクルに手を振り、前を向いたのを確認してからユーリの耳に顔を寄せる。
「時間が無いから1回しか言わない、いいね?」
「え、は、はい」
僕の小声につられるように、困惑しながらも声量を抑えて話すユーリ。
注視しなければ分からないくらいだけど、彼女の耳も僅かに先端が尖っていた。
「今ちょっと面倒なことが起きてるんだけど、こうして突き放すのは君を巻き込むまいとするルクルの優しさなんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。あなた、あっという間にルク——メルクルーク様に取り入って、いったい何者なんですか?」
「ごめん、説明してる時間は無い。ただ、彼女に危害を加えるつもりはない、それは約束するよ」
時間にして1秒にも満たない沈黙の後、ユーリは神妙な顔で頷き、僕にカバンを渡した。
と、不意にシャツの袖口を掴まれ、踵を返し踏み出そうとした足を止める。
今度はユーリが僕の耳に顔を寄せた。
「あなたが何を企んでいるのかは分からないですけど……その、ルクルちゃんを泣かせるようなことがあれば、許さないですから」
それだけ言うと、ユーリは名残惜しむようにこちらを向いたまま数歩後ずさり、こちらを見送るように立ち止まった。
取り巻きのもう1人はとっくに帰ってるというのに、律儀というか何というか。
「……はあ」
その顔を見て、頭の熱が少し冷める。
前髪をかき上げながら、考えていた強行手段のいくつかをプランから弾き出した。
まあ、その埋め合わせは彼女にやってもらうことにしよう。
今回は時間が少ない分、多少強引にでも事を進める必要があったからね。
手駒が多ければできることの幅は広がる。
「行きますわよ、ローゼス!」
叫ぶルクルの後を追いながら、道行く生徒の1人を捕まえる。
その耳元で「ユーリに」とだけ短く言い、ポケットにあるものを滑り込ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます