第7話 イマジナリー・ファントム①

 中等部校舎のちょうど中程、1階と2階が吹き抜けで繋がっている食堂を訪れていた。


 1階は4人が囲えるくらいの簡素なテーブルとイス、窓際には1人用のカウンター席が並んでいる。

 夕食までのちょっとした空腹を紛らわせるためか、軽食を口にしながら談笑している生徒が多く、席の7割近くが埋まっていた。


 ロフトのように突き出した2階部分にも席があるものの、こちらは人っ子1人いない。

 席数もさほど多くなく、テーブルやイスの調度は1階のものとは比較にならないほど高そうだ。

 ルクルも直接そこへ向かっているところを見ると、先ほど言っていた専用席とやらがあるのだろう。


 ……なるほど、一部のお金持ち用に造られた専用のエリアというわけか。

 1階を見下ろせるようになっているのがまた悪趣味だ。


 ともあれ、あんな場所じゃ人目も何もあったものじゃない。

 何とかして1階を使うように仕向けないと。


「専用席ってことは、いつもあそこで食事してるの?」


「ええ、そうですわ。空席を探して歩き回るのはもちろん、自分で食事を運ぶなんて以ての外。そんなのは庶民のやることですもの」


 単に指定席というだけでなく、そういうサービスもあるわけか。

 今日は特別に合席させてあげますわ、と得意げに言うルクルに苦笑しつつその後に続いていく。


 そして、2階席へと続く階段を登りきったところでルクルの手を取る。


「なっ、あなた! 何を——」


「ちょっと待った、何か良くない気配がする」


 振り払われそうになった手はそのままルクルの手首を掴み、もう片方の手を並んだテーブルへと向ける。


「……気配って、そんなあやふやなもので何が分かるんですの?」


「僕だって何の能力もなしにここへ来たわけじゃない。まずは占い師としての力を見せるよ」


 そう言ってテーブルへと向けていた手をゆっくりと動かしていく。


 手前のテーブル、奥のソファ席、1階が見える2人用の丸テーブル——

 ルクルの目はその間ずっと僕の手の先を追っている。


 逆に僕はといえば、席の方には一切視線を向けていない。

 微妙な表情の変化、握った手首の脈拍で、他でもないルクル自身が専用席を教えてくれるからだ。


 そうして窓際の一席に手のひらが向けられた時、一定の間隔が保たれていた瞬きのリズムが崩れる。

 それまで興味深そうに目で追っていたのに、そのテーブルだけは意識的に見ようとしていない。


 至近距離で目が合う。

 つまり、テーブルから完全に視線を外したという意味だ。


「ここで待ってて」


 僕はそう言って窓際の席まで歩いていく。

 テーブル自体は高級そうなだけで何の変哲も無いものだ。

 清潔なクロスがかけられ、いつでも使うことができるようになっている。


 さて、ここで一仕事。

 ルクルに背を向けてしゃがみ、テーブルを調べているフリをしつつ手にしていたカバンを開ける。


 女の子のものだけあって中身は綺麗に整頓されている。

 そこからペンと便箋を見つけだし拝借。


 便箋の下半分ほどを破り、上半分は自分のポケットへ。

 残った紙片に手早くペンを走らせ、借りたものは何事もなかったようにカバンへ戻した。


 よし、これで準備は完了だ。

 僕は立ち上がり、ルクルの方を向いて手招きをする。


「君が普段座っているのはどこ?」


 怪訝そうな表情のルクルが指差したのは向かって右の窓側。

 やっぱりそうか、なんて言いながら残念がるように溜息を吐くと、ルクルの示した位置のクロスを大仰にめくり上げた。


 と、その風圧に煽られるように紙片が1枚はらりと落ちる。


「あら? テーブルクロスの下から何かが——」


 それを拾い上げたルクルが短く悲鳴を上げる。

 そして、周囲を警戒するように忙しなく首を動かしながら、僕のそばに近寄りそっと腕を掴んだ。


「僕が感じた良くない気配の正体だ。その顔を見るに、君宛てで間違いないみたいだね」


「ど、どうして分かったんですのっ? こ、これが、わたくしの席にあると……」


 過呼吸気味のルクルが持っていたのは、『今この時を楽しめ』とだけ書かれた1枚の紙片。


「言ったでしょ、悪い気配を感じたって。差出人に心当たりはある?」


「あ、ありませんわよっ! こんな……あ、で、でも、この紙……!」


 ルクルは僕からカバンをひったくると中を漁り、件の便箋を取り出す。

 それを紙片と見比べ、やがてわなわなと唇を震わせはじめた。


「わたくしが普段使っているものと同じですわ。ということは……」


「それを知ってるくらい親しい人間か、あるいは普段から見られてるってことだね。もしかしたら、今もどこかで——」


 ルクルの腕を掴む力が強くなる。

 落ち着かせるように肩を抱き寄せてみると、今度は振り払われずに済むどころか、向こうから体重を預けてくるようになっていた。


 ふう、と小さく息を吐く。


 僕が架空の友人となり、ルクル自身が架空の怪人を生み出した。

 これにて第2の障害はクリアだ。


 後はどれだけ怪人が仕事をしてくれるかだけど、そこはこれから次第だろう。

 さあ、もうひと頑張りするとしようか。

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