第2章「学園探偵は『なぜ』を問わない」
第1話 王都ロメリア
カシアの街で馬車に乗り込んでから丸2日が過ぎた。
街に立ち寄っていたキャラバンと共に山を越え、今はほとんど平坦な道が続くだけだ。
出発の日には『錆の旅団』のほとんどのメンバーが見送りに来ていた。
それだけリーシャの巣立ちは衝撃的であり、また同じくらい喜ばしいことだったんだろう。
事が事だけに迂闊に踏み込めないながら、皆少なからず気にかけていたということだ。
特にガイズなんかは僕に抱きつき男泣きする始末。
ゴツい外見をしていながら情に絆されやすい。
まあ、それだけいいヤツってことでもあるんだけどね。
ナンシーさんと上手くやれることを祈ってるよ。
なんてことをリーシャと話しながらだったからか、道中もさほど退屈することはなかった。
もっとも、積み荷を狙う盗賊の大半を1人で片づけていたリーシャは、もっと退屈しなかっただろう。
護衛してもらうためのお金は払ってるんだから、と一応たしなめはした。
けれど、学園が楽しみすぎて体を動かしていないと落ち着かないんだそうだ。
微笑ましくはあるものの、やってることが物騒すぎて何とも言えない気分になった。
苦笑交じりでその分の返金を申し出てくれた隊商長には、好きでやってるらしいので、と同じく苦笑交じりにお断りしておく。
その分僕らの食事が豪華になったのは嬉しいことだった。
そんなこんなであっという間の2日間を過ごした僕らは、今まさに王都ロメリアへ辿り着こうとしている。
現世でコンクリートに詰められ東京湾に沈み、それから異世界に飛ばされ2か月と少し。
既に色々あったけれど、ようやくここからスタートといった感じだ。
順調な滑り出しのために、まずはリーシャの受験を何とかしないといけないな。
能力面で見れば問題は無いように思う。
懸念はやはり銀髪のエルフであるということだろう。
どんな思惑が働いて理不尽な目に遭うとも分からない。
できれば正規の方法で入学したいところではあるけれど、もしそうなってしまったらどうするか?
――決まっている。
理不尽には理不尽を、イカサマにはイカサマを、だ。
◆ ◆ ◆
都市の外郭には招かれざる客の進行を拒むように掘られた巨大な堀。
その向こう側の城壁には等間隔に監視塔が設けられ、見張り番と思われる人影がうっすらと見えた。
城壁を抜けてすぐは、集合住宅が多く見受けられる以外、カシアの街とそう変わらない街並みが広がっている。
ここに住む大多数の人々は、武器や農具、魔導具といった工業製品の製造に携わり、その給金でもって日々の糧を得ているようだ。
中層に差し掛かると一軒家の割合が増え、建物のグレードも徐々に上がっていく。
それと比例するように人々の身なりも良くなり、市場で売っている品物の値段も外周区に比べ一回りほど高くなっていた。
城と外周どちらにも行きやすいため、ここには衛兵や王城勤めの人間が多く暮らしている。
そして中心部。
街のどこにいても見えるほど大きなお城の言わばお膝元だ。
魔導具の研究機関やトレア王国のギルド本部など、主要な施設のほとんどはこの辺にある。
「お、きたな」
そして、城の入り口へと続く目抜通りの一角でその男は待っていた。
「やあ、聖騎士っていうのも案外暇なんだね」
そう言って片手を上げて挨拶する。
短い金髪と赤い瞳、いっそ腹立たしいくらいに整った容姿の男――レナード・ハーグレイブは、寄りかかっていた街灯から離れ僕らの前に膝をついた。
「恩人に向かって相変わらずの態度だな、お前は」
デコピンをしようと伸ばされた手を払う。
「トレア王国の物流を支える重要拠点、ジオラス領で起こったクーデターを未然に防いでおきながら、この程度の要求しかしない僕に君はもう少し感謝するべきだと思うけど」
「このガキぁ……!」
顎を上げて挑発するようにそう言うと、レナードは顔を引きつらせる。
「そんなことより、呼びつけたからには用があるんでしょ? また面倒事?」
「……まあ、似たようなもんだな」
レナードは呆れたように溜息を吐き、僕の後ろでそわそわと周囲を眺めていたリーシャを見やる。
「そういうことね」
声を落として言うとレナードが小さく頷く。
「ああ、“ミスティリア”も昔ほどは通用しねえってこった」
僕の懸念が現実のものになったというわけだ。
まあ、何もない方がおかしいとは思っていたけれど、面倒なことになったな。
「リーシャのことだ、その辺のガキが基準になる受験なんざ余裕で通るだろう。問題は学長と理事会が首を縦に振るかどうかだ」
「雲行きが怪しいんでしょ? それ、レナードの推薦とかでどうにかならないの?」
「得られる利益より被る不利益の方を気にされてちゃ口添えのしようが無い。ようはプラスもあるがマイナスにもなる可能性があるギャンブルをするくらいなら、そもそもゼロでいいっつう事なかれ主義な連中なんだよ」
「それを否定はしないけど……まあ、今の僕らの立場からしてみれば厄介な障害でしかないね」
教育機関である学校と言えど営利組織であることに違いは無い。
何より重視されるべきは学園の存続、そして利益を生み出し不利益を避けることだ。
そこで働く教師や職員は聖人じゃない。
そこに通う生徒やその親と同じく、ただの人間だ。
もちろん彼らにも家庭があり家族がいる。
となれば、労働の対価として賃金が無ければならない。
そのために利益や保身に走るのも無理からぬことだ。
人として、組織として当たり前の行動と言える。
「いきなり難問にぶち当たったわけだが……さて、どうする?」
そう言って肩を竦めるレナード。
しかし、その顔はどこか余裕があり、状況を楽しんでいるようにも見える。
「……お手並み拝見、そういうこと?」
「さあてな。ただ、この俺にあんな啖呵切ったんだ。これくらいの困難で躓いてたらこの先どうしようもねえぞ」
リーシャを認めさせてみせる、というやつか。
たしかに、それについてはレナードの言う通りだ。
本当にやり遂げるつもりならこんなところで躓いていられない。
「分かってる。いつかはやらなきゃいけないことだ、それが今になったってだけの話だよ」
「……ただのガキが言ったなら鼻で笑い飛ばしてるところだが、お前ならって思わされてる時点で俺も術中なんだろうな」
口の端を上げるとレナードは苦笑して目を閉じる。
「いいぜ、やってみろ。現実的な範囲でなら力を貸してやる」
僕とレナードは拳を突き合わせる。
リーシャの受験まで残り3日。
王都ロメリアに来ての初仕事だ。
――さあ、始めよう。
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