第59話 サードエビデンス②

 カリーナが内ポケットから取り出したのは1通の手紙。

 封筒の紙質や封蝋からかなりの高級品であることが伺える。


「ジオラス様、こちらのご確認をお願いできますか?」


 広間には拘束され身動きのできない黒衣の男達。

 そして身動きするたびリーシャに足蹴にされ、何度も床に額を擦り付ける宰相の姿。


 既に脳の許容範囲を超えているのか、ジオラスは茫然自失といった様子でカリーナから封筒を受け取った。


「……これ、は?」


 きょとんとした表情のまま中身の手紙を取り出す。

 始めこそ特に反応を示さなかったものの、読み進めていくごとに瞳に生気が戻っているのが分かった。

 

「いかがでしょう。どなたが書いた手紙か、お分かりですか?」


「この文体、文字のクセ……間違いない、これは母上の書いた手紙ではありませんか。しかも私の産まれた日に、国王陛下に宛てて書かれたものでは!?」


 興奮したように言うジオラスにカリーナが頷く。


「それではもう1通、こちらはいかがでしょう」


 そうして2通目の手紙を手渡す。

 興奮冷めやらぬ様子のジオラスは再び視線を左右に動かし、手紙の文面に目を通していく。


「ああ、これも母上のものですね。ふふっ、親しい者たちに手紙を書くときは、最後にこうして詩を添えるのです」


 どこか遠い目のジオラスを見てカリーナも確信したのだろう。

 僕に「どうして分かったの?」とでも言いたげな顔で、呆れたように溜息を吐いた。


「なるほど。では最初にお渡しした手紙に詩が書かれていないのは、王都に宛てた手紙だったからなのですね」


「当然です。詩の有無に関わらず、文体も違えば便箋に使用している紙も違います。一目見ればすぐに分かることでしょう」


「なるほど、それは妙ですね」


 そんな僕の言葉にジオラスが顔を上げる。

 その不思議そうな表情を受けて、僕は手のひらでカリーナを示す。


「それはつい先日、そこにおられる宰相アラン様が、グレース様からの手紙として王都に持ち込んだものです」


 ジオラスの目が驚きに見開かれる。


「親しい者に送られるはずの手紙が、なぜ王都に届けられたのでしょう。ねえ、宰相アラン様?」


「そ、それは……!」


 カリーナの厳しい視線にたじろぐアラン。

 そんなアランの様子を見て、肘置きに拳を振り下ろしたジオラスは苛立たしげに立ち上がった。


「アラン! あなたは王都にきちんと説明したと私に言いましたね、手紙を持っていったなどという話は聞いていませんよ!」


「これは……そ、そう! 噂を否定するために証拠が必要だったのです! だから――」


「それって、グレース様が生きているって証拠のこと?」


「そ、そうだが……」


「へえ?」


 口の端をつり上げながらアランの元へ歩いていく。


「だったら、他人に宛てた手紙なんか盗まずに、王都宛てに一筆書いてもらえばよかったはずだ。そうしなかったのは、どうして?」


「ぐぅぅ……!」


 奥歯が擦れる音が聞こえてきそうなほど歯を食いしばるアラン。

 顔は興奮のせいか真っ赤になり、滝のように汗をかいている。


「そう、これが不可解な出来事の3つ目だ。手紙の偽装に始まり、領主へ虚偽の報告をした。これらが意味するところは――」


 アランの眼前で立ち止まる。


「王都にはグレース様の死を伝える気でいたジオラス様の意思を、あんたは捻じ曲げたってわけだ」


「ち、違っ――」


「違わないよ。あんたは2度真実を誓った……にもかかわらず、ジオラス様の手にはその宣誓が嘘であるという証拠が握られているんだからね」


 ジオラスが眉根を寄せる。

 便箋を握る手に力が入った。


「もういいでしょう、ジオラス様。いい加減お認めになってください」


「っ……」


 カリーナの言葉にジオラスは俯き、下唇を噛み締める。

 顔には後悔と悲哀の表情。


 ジオラスは民思いで生真面目な性格だ。

 そして、それと同じくらい物を知らず、視野が狭い。


 良く言えば純粋、悪く言えば愚鈍。


 今はきっと、一度始めたことを途中で投げ出すことに抵抗を感じているだけだろう。

 だったら、最後の一押しをしてやればいい。


「カリーナ、彼女をここへ」


「……そうね」


 ふう、と嘆息したカリーナは入口へ。

 そして扉を開けると、外で待機していた部下と短く言葉を交わし、やがて1人の女性を広間へと招き入れた。


「あ、あなたはっ……!」


 最初に反応を示したのはジオラスだった。

 それもそのはずだ。

 彼女がグレースさんの専属だったというのなら、顔を突き合わせる機会も多かっただろうから。


「……お久しぶりでございます、ジオラス様」


 そう言って恭しく頭を下げたのは、僕が目覚めた村で出会った女性――ハンナさんと瓜二つのメイドだった。


 僕も内心で少し驚く。

 双子か歳の近い姉妹とまでは予想してたものの、ここまでそっくりだとは思わなかった。


「アンナさん……です、よね? 皆心配したのですよ、突然いなくなってしまうから……」


 安堵の表情を浮かべるジオラスを見て、僕は1つ咳ばらいをする。


「違いますよジオラス様、彼女はいなくなったのではありません」


「え?」


「逃げ出したんです、身の危険を感じてね」


 色々な感情が入り混じったままのアンナさんの手を取り、ジオラスの前へ歩いていく。

 彼女は僕に顔を向けると、安心したように少しだけ微笑んだ。


「ジオラス様、私共はグレース様より、グレース様が亡くなられるか行方知れずになった場合、すぐに街を離れるようにと常々仰せつかっておりました」


「では、1ヵ月前に突然姿を消したのは……」


「はい、グレース様のご意思に従ってのことです。そして――」


 アンナさんはそこで一度言葉を切り、広間の端に拘束されたまま転がされている〝スコルピオ〟のメンバーをちらりと見た。


「そして……1ヵ月前のあの日、そこにいるサソリのタトゥーを入れた男たちに命を狙われたからでもあります」


「なんですって!?」


 アンナさんは恐怖を抑えるように固く手を握りしめる。

 僕はその拳を両手で包み込むように握り、安心させるようにゆっくりと頷いた。

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