第58話 サードエビデンス①
「ど、どうして⋯⋯約束の時間は数時間先のはずでは!」
狼狽えるアランの前にカリーナを伴って歩いていく。
突然の事態に呆然としていた黒衣の男達は、カリーナの姿を見て恐れるように道を開ける。
「ええ、仰る通りですわ。ですが、いたいけな少年少女から屋敷に監禁されていると連絡を受けたものですから」
「連絡だと⋯⋯? そんな、いったいどうやって——」
ポケットから取り出した金の指輪を見せる。
すぐにこれが何であるか理解したのか、アランの目が驚きに見開かれた。
「おっと、ナタリアを責めるのはお門違いだよ。彼女はちゃんと僕の持ち物を全て回収した。これはリーシャに預かってもらっていたんだ」
警戒されるのは僕の方だと最初から分かっていた。
となれば、外と連絡が取れる唯一の手段はリーシャに託す方がいいに決まっている。
上手いこと隠し通せれば僕に渡せばいいし、無理矢理没収されそうになればその時点でカリーナを呼べばいい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 我々はこの少年たちを他国の間者と勘違いしただけだ! は、ははっ、王都の関係者であればすぐに言ってくれればよかったものを」
親しげな笑顔を向けながら僕に歩み寄り、腫れ物でも触れるように肩を叩こうとするアラン。
その瞬間、90キロはあろうかという巨体が宙を舞った。
「ぐぅえっ!」
床に叩きつけられたアランは文字通り潰れたカエルのような声を上げる。
その手から細長い錐のようなものが転がり落ちると、ソーセージのように丸々太った指をリーシャのヒールが踏み抜いた。
「あがああああああっ!」
「ロジーに、何をしようとした!」
何を感じ取ったのか、リーシャの怒り方が普通じゃない。
僕には普通の凶器に見えるものの、もし刺されていたら恐らくただでは済まなかっただろう。
放っておけば喉さえ踏み潰しそうなほど激昂しているリーシャを手で制する。
まだ意識を失われては困るんだ。
「どうするのロジー、王都側は今の時点でもアランを拘束できるけど」
カリーナが周囲を見渡すと黒衣の男達がたじろぐ。
詳しい法律は知らないけど、政治に関わる人間が私兵を持つことを禁じているのならしょっぴくのは簡単だ。
「まあ、こいつらどう見ても正規の兵隊って感じはしないしね」
「クリミナルギルド“スコルピオ”——お金次第で何でもやる連中よ。ま、私も似たようなものだけど」
小声で言うカリーナに肩をすくめてみせる。
お金のために何でもやる点で言えば、そのやり方こそ違えど僕もそうだ。
「放っといていいの? 隙を見て逃げるだろうけど、もしかしたら領主に危害を加えようとするかもしれない」
「今回の件、エールス・M・ジオラスの関与は?」
「ほぼ無し、宰相に利用されただけ」
「だったら保護、つまり——」
「制圧、ですね!」
なぜか嬉しそうに言ったリーシャがヒールを脱ぎ捨て、黒衣の男の1人に突進する。
不意を突かれる形になった男が一歩後ずさった瞬間、その足が払われバランスを崩した。
その場でクルクルと横回転しながら立ち上がったリーシャはそのまま男の頭を掴み、倒れ込む勢いに自分の回転の勢いを乗せ力任せに床へ叩きつける。
絨毯とはいえ凄まじい勢いで後頭部を打ち付けられた男は、一度ビクリと体を跳ね上げた後そのまま動かなくなった。
⋯⋯うわあ。生きてるかな、あれ。
そんなリーシャの後ろからナイフを手にした男が襲いかかる。
「リーシャ! 後ろ⋯⋯って、必要無いか」
リーシャは僕が声を張り上げる前から反応を始めていた。
男に背を向けたまま、まるで背中に目がついているような動きでナイフの軌道から体を逸らす。
そのままするりと懐へ入ったリーシャは男の襟首と腕を掴み、重心を落として背負い投げの要領で投げ飛ばす。
相手が前のめりになったタイミングに合わせて自身の全体重を乗せている。
見た目からではとても想像できない、ずば抜けた格闘センスだ。
「はああっ!」
仰向けになった男の鳩尾を的確に踏み抜く。
短く呻き声を上げた男も動かなくなる。
「ちょっ、あの子はもう⋯⋯!」
2人倒した時点でカリーナが続いた。
リーシャに向かっていた男の1人に真横から裏拳を入れる。
踏み込み、腰の捻り、腕への力の伝え方——素人目に見ても惚れ惚れするほど洗練された技術だ。
カンフー映画さながらの裏拳に男の子としての血が騒ぐ。
一度はあれくらいやってみたいものだ。
⋯⋯ともあれ、これで残るは2人。
身のこなしを見ても男達は決して弱いわけではない。
そこらのチンピラくらいなら一瞬で捻るくらいの実力はあるだろう。
しかし、今回は相手が悪すぎる。
ドレス姿とはいえスイッチが入って絶好調のリーシャ、そして恐らく連中よりも圧倒的に格上の殺し屋であろうカリーナ。
守られてばかりじゃないかって?
いいんだよ、僕は頭脳労働担当だ。
「リーシャ、左から回り込んで僕の方に戻っておいで。そう、カリーナを壁にするように」
リーシャが倒した2人目の男が持っていたナイフを手の中で弄ぶ。
そうこうしているうちにカリーナが交戦中だった男を掌底で昏倒させた。
顎に吸い込まれるような華麗な一撃だ、確実に脳震盪を起こしている。
「クソッ」
最後の1人が逃げられないと悟るや、ジオラス目掛けて走り出す。
「まずい、領主を人質に取られるわ!」
慌てて叫ぶカリーナに僕は首を振ってみせる。
「いいや、リーシャのおかげで位置取りは完璧。僕らの勝ちだよ」
と、ジオラスに駆け寄ろうとしていた男が、突然何かに足を取られたようにすっ転ぶ。
一部だけマス目のように切り取られていた絨毯が踏み込みに耐えきれず滑ったのだ。
「カリーナ、確保だ。話を聞きたいから気絶させないでね」
手元のナイフを壁際に放り投げて手を払う。
「ロジーっ、いつの間にあんなものを?」
キラキラと目を輝かせるリーシャに苦笑する。
「僕だって突っ立ってるだけが仕事じゃないんだ。大切なのは役割分担、でしょ?」
パチン、とハイタッチの音が響く。
それと同時にカリーナが最後の1人を取り押さえ、広間に再び静寂が戻ってきた。
さあ、これでゆっくり話ができる。
「それじゃあ話の続きをしよう、アラン。カリーナが持ってきた3番目の証拠で、あんたは終わりだ」
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