第44話 銀の導き③

「お待たせしました、こちら日替わりシャーベットです」


 僕とリーシャが食事を終えた頃、ふと目の前に置かれた謎のシャーベットに2人して首を傾げる。


「あの、僕たち注文してないので、別のテーブルじゃないですか?」


「あ、えーっと、あちらのお客様からですね」


 店員さんが手のひらを向けた先、酒瓶を掲げお茶目に手を振る顔なじみのおじさんがそこにいた。


「どぅえええっしゃあ! よおロジーにリーシャ、こんなところで会うたあ奇遇だな! 今日は休みかあ?」


 イスを引きずりながら千鳥足で僕らの傍までやってくると、謎の掛け声を発しながら腰を下ろす。

 この距離でも相当酒臭い。

 いつものことながらかなり出来上がってるな。


「ええ、まあ。ところでこれは……」


「ああ? 気にすんなぁ俺の奢りだ。いつもいい夢見させてもらってるからな、その礼だ」


 いや、あんた勝負所で弱すぎて毎回素寒貧にされて帰ってるような気もするけど。

 そんなことを思いながら笑顔を浮かべる。


「あっはは。それじゃあ、ありがたくいただきます」


「ありがとうございます!」


 お礼を言ってから一掬いして口に入れると、すぐに柑橘系の香りが鼻を抜けていく。

 微かな甘みと主張しすぎない程度にしっかりした酸味があり、なかなか美味しい。


「グレープフルーツかな、いい味ですね」


「本当に美味しいですねぇ!」


「だっははっ、そりゃあ良かった! そんなに美味そうに食ってくれるならご馳走した甲斐があったってもんだ」


 手を叩いて喜ぶおじさんにリーシャともう一度お礼を言う。


「お、なんだジジイ。ロジーとリーシャちゃんを買収しようってか?」


「おっさんが弱ぇのは単に勝負所でビビるからだろ。どんなにいいカード配ってもらえてもそれじゃあ勝てねえよ」


「ほんとほんと、まあそのおかげで俺たちは美味しい思いさせてもらってるけどな」


「あんだとぅ!?」


 声のする方を見てみれば、見知った3人組が酒の入ったジョッキ片手に野次を飛ばしていた。

 そのうちの1人と目が合い、軽い感じで手を振られる。


 そこのテーブルだけじゃない。

 こうして改めて周囲を見渡してみると、この一帯だけでも知った顔がちらほらいる。


「おいおっさん、いくらカードで勝ちたいからって仲睦まじい少年少女のデートに割って入るんじゃねえよ!」


「「「そーだそーだ!」」」


 そんなやり取りを皮切りに店内のドンチャン騒ぎはさらにヒートアップする。

 ご機嫌な様子で肩を組んでくる者、ウェーイと言いながらグラスをぶつけにくる者、次の勝負で勝たせてくれと土下座しにくる者――などなど、もう何が何だかといった感じで、難しく考えるのがバカらしく思えてきた。


「ふふっ、人気者ですね」


「……雰囲気に酔わされたかな、こういうのも悪くないかもって思ってる自分がいるよ」


 気づけば心の底から笑っていた僕はぽつりと呟くように言う。

 自分がようやくこの街に受け入れられたような、そんな不思議な感覚があった。


「おう、そういやロジー、この前店で話したグレース様の噂に続きがあったんだよ。知ってっか?」


「いえ、聞かせてください」


 そんな中、客の1人がおもむろに話しかけてくる。

 そういえばきちんと噂が広まってるか確かめるために、興味のあるフリをしてこの男からいろいろ聞き出したんだっけ。


「それがよぉ、失踪してんのはグレース様だけじゃなくて、グレース様と特別親しかったメイドも何人か一緒にいなくなってんだと」


 それを聞いたリーシャがこちらを見て、にやりと口の端をつり上げて笑う。

 すごいな、リーシャの言う通りになった。

 

「……それ、どこからの情報ですか?」


「悪ぃな、俺も又聞きしただけだから詳しいことは知らねえんだ」


 まあ、噂なんてそんなものだ。

 落胆しかけていると、男は「でもよぉ」と続ける。


「そんなタイミングでメイドが何人もいなくなりゃ周りの人間は不思議に思うよな。喋ってくれるかは分からねえが、詳しく聞きたきゃ今も領主んとこで働いてるメイドに直接聞いてみたらどうだ?」


 そうか、なるほど。

 現領主の母親が行方不明なんて話、もっと早くに噂になっていてもおかしくないとは思っていた。


 グレース・M・ジオラスが消えてすぐに異変に気づく人物――領主当人を除けば、彼女の専属か仕えて長いメイドたちだろう。

 では、そのメイドたちも一緒に失踪していたとしたら?


 異変に気づき声を上げる者がいなければ、失踪の噂が立ち始めるのは当然数週間は先になる。

 その結果が今と考えると……うん、筋は通ってるな。


「そうしてみます。ちなみにですけど、どこに行ったらそのメイドさんたちと話せますか? やっぱり領主の館まで行かないとダメでしょうか」


 わざわざ敵の本拠地に乗り込んで情報収集なんて真似はさすがにできない。


「ん? ああ、そうか。ナンを知らねえんだな」


「ナンさん?」


「おうよ、ちょっと待ってな」


 そう言って男は立ち上がり、人垣をすり抜けてどこかへ消えた。

 やがてエプロン姿の女性を引き連れて戻ってくる。


 あれ、この人って。


「私がナンですけど……えっと、メイドのことを知りたいんですか?」


 そう、ついさっき僕らにシャーベットを持ってきたウエイトレスの女性だった。

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