第42話 銀の導き①
店を飛び出した僕らは2人で街灯の薄明りの下を歩く。
何となく、手を引く時に繋いだ手はそのままにしておいた。
「ロジー、さっきは――」
リーシャはそこまで言って言葉を切った。
どうしてあんなことを? と続けたかったのだろう。
その理由は分かってる。
「イライラしてたんだ」
「……ロジーが?」
くふ、とリーシャが小さく笑い声を漏らした。
「笑わないでよ」
「いえ、ごめんなさい。当たり前のことを忘れてたなって思っただけです」
「僕だって人間だよ。気に障ることがあれば怒るし、上手くいかないことがあればイライラもする」
「はい、もちろんそうです。ロジーはすごく頭が良くて、何でも知っていて、いつも私を導いてくれて、できないことなんて無いと思ってましたけど――」
ぴったりと肩が密着する。
「それは〝私がそうあってほしいと願うロジーの姿〟でした。本当のロジーは、こうして悩んだり怒ったり、時には悲しんだりもする、私と同じ普通の人間なんですよね」
励ましてくれているのだろう。
僕に寄り添いながら星を見上げるその横顔が、少しだけ大人びて見えた。
「そうだよ。僕はまだまだ未熟で、1人じゃ何もできないただの人間だ」
空色の瞳が僕を見る。
街灯の明かりが微かに映り込んで、いつか見たビー玉のように淡く輝いていた。
「分からないことにイライラして、関係無いガイズに当たり散らして……本当に、僕は未熟だ」
こうして今までの行動を振り返ってみれば、こんなにも深く他人と向き合ったのは何年ぶり……いや、何十年ぶりのような気もする。
ちょっとした所作や表情から人の心が読めるようになって、人間関係なんて簡単だと思い上がって、本当の人付き合いをしてこなかった。
自分の想いを他人に打ち明けるなんてことが無かったから、感情の処理が下手くそなんだ、僕は。
「明日、ちゃんと謝りましょうね」
「……まあ、そうだね」
「私も一緒に謝ってあげますから!」
「はははっ。リーシャは何も悪いことしてないでしょ」
やけにやる気満々なリーシャがおかしくて、思わず笑い声を上げてしまった。
「面と向かって謝り辛かったら手紙でもいいんですからね、きちんと謝ることが大切ですよ。もし手紙にするなら、私がこの前書いた始末書をお手本にしてください!」
「あー、あれね……」
半笑いになりながら例の事件のことを思い出す。
リーシャの髪型がなぜかツインテールになっていた日、その恐ろしいまでの可愛さにあてられた酔っ払い客がセクハラ紛いの行為に及ぼうとした。
普段通りなら軽くあしらって警備の人間に突き出していたはずが、その日は虫の居所が悪かったのか腕を掴み捻り上げて自ら鎮圧。
結果、客は肩の骨と鎖骨を折る重傷を負い、おまけにゲーム用のテーブルも破損させた。
「うーん、始末書とはちょっと違うかな。別にミスしたわけじゃないし、リーシャみたいに店の備品を壊したわけでもないし……」
「で、でも! 丁寧に書いて渡したら、アルベスさんは笑って許してくれましたよ?」
「ちなみに、どんな内容?」
「この度は私の過剰な暴力行為により、お客様、および『ラスティソード』に多大なるご迷惑をお掛けしましたこと、心よりお詫び申し上げます……という感じです」
得意げに語るリーシャに僕は顔を引きつらせる。
始末書としてはそれでいいけど、単に態度が悪かったことへの謝罪にしては些か以上に仰々しすぎる。
何よりそれを私信として受け取るガイズも嫌だろう。
僕も嫌だ。
「今回の件なら『昨日はごめんなさい』くらいの方が自然でいいんじゃ――」
足が止まる。
「ロジー? どうかしましたか?」
不意に立ち止まった僕を半歩先から不思議そうに見つめるリーシャ。
繋いだ手から流れ込んでくる熱が、僕の頭の回転をさらに加速させていく。
「……そう、不自然なんだ」
「えっと、何がですか?」
「手紙は本物だった。でも、その内容は自然と言えるか……?」
『体調を崩すことが多いけど元気にやっています、という他愛ない感じね。親し気で穏やかで、グレース様らしい内容だったわ』
カリーナの声が残響のように頭の中でこだまする。
「そぐわないんだ、あの場には……っ!」
実物を見てみないことには何とも言えない。
でも、もしこの仮定が正しければ、行方不明になっているはずのグレース・M・ジオラスの手紙を用意できた説明がつく。
「リーシャ!」
「ひあっ」
掴んだ手をぐっと引き寄せてから離し、リーシャを正面から抱きしめる。
「はっ、はわわわわわわわっ! ロジー、ちょ、い、いったいどうしたんですかっ!?」
ついに尻尾を掴んだぞ、宰相アラン。
お前のその企み、全て白日の下に晒してやる。
もう迷わない。
僕には銀の導きがついているんだから。
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