第41話 盤上の攻防④

「えっ、じゃあ何もせずに帰したってこと?」


 数日後、カリーナからの連絡を受けた僕は驚きの声を上げる。


 結論から言えば、今回の領主召喚の結果は噂の早期収束を求めるだけに留まった。

 加えて領主エールスは王都を訪れず、宰相アランのみで話が進められたらしい。


 元が噂話とはいえ、複数人の衛兵やメイドからの情報ともなれば荒唐無稽と笑い飛ばすには無理がある。

 領主不在を王都側が許したことも腑に落ちない。


 それこそ、この話を根底から覆すような絶対的な証拠でも出てこない限り、こんなことにはならないはずなのに。


「……いや、出てきたのか」


『え?』


「カリーナ、宰相は何か持ってきてなかった? たとえば……そう、グレース・M・ジオラスが行方不明でないことを証明するような何か」


『ええ、グレース様からの書状を持ってたわ』


 手紙か。

 たしかに、存在を証明するのにこれ以上ないくらい有効なアイテムだ。


「内容は分かる?」


『体調を崩すことが多いけど元気にやっています、という他愛ない感じね。親し気で穏やかで、グレース様らしい内容だったわ』


「ということは、判もサインも?」


『もちろん、グレース様本人のものよ』


「魔法的な何かによる偽造の可能性は?」


『……あのねえ、ここは王都ロメリア――通称〝魔導の国〟よ? そんな小細工が通用するわけないわ』


 ということは、手紙は間違いなく本物。

 カリーナの反応を見るに別の誰かがグレースを装って書いた可能性も低い。


『やっぱりあれはただの噂だったんじゃないの?』


 そんなことはない、という反論ができない。

 なぜなら、こうして手紙が表に出てきてしまった以上、体調を懸念して別の場所で静養していただけという理屈が通ってしまうからだ。


 ……本当に?

 だったらなぜ最初からそう周知していなかった?


 考えがまとまらない。

 行動に統一感が無いんだ。

 裏で糸を引いてるやつは何がしたかった?


『ロジー?』


「え、あ、ごめん。考え事してた」


『こっちも忙しいからそろそろ切るわよ。何かあったらまた手伝うから、連絡寄越しなさい』


「うん、ありがとう」


 リングから手を離す。

 ふう、と息を吐きだすと、耳に痛いくらいの静寂が返ってくる。


 糸は掴んだ……掴んだはずなのに、それに気づいた何者かにより途中で糸を切られてしまった。


 原因は噂を流したことか。

 たしかに、その何者かの立場になって考えてみれば、自分に都合の悪い噂が流れ始めた時点で自らに迫る存在の可能性を疑うことができる。


 当初の狙いとしては、犯人捜しや王都への言い逃れのために疎かになった足元を掬うつもりだった。

 そのために最善とも言える策も講じた。


 僕らが今こうして自由に動けているのは少なくともそのおかげだ。

 何者かはまだ僕らに辿り着けていない。


 しかし、あの手紙という一手。

 あまりに準備が良すぎる。

 まるでこうなることを前もって予見していたような……


「ロジー、そろそろホールに出ましょ……って、うわっ、すごい顔してますよ。気分でも悪いんですか?」


 そう言って正面から顔を覗き込んでくるリーシャ。

 自分がどんな顔をしてるか分からないけど、酷いことになってるような気はしていた。


「いや、考え事してただけだから大丈夫だよ」


「よかった、そうでしたか。もう、こんなに眉間に皺寄せてたら、すぐアルベスさんみたいになっちゃいますよ」


「はは、若いうちからそれは困る」


 僕が笑って見せると、リーシャはなぜか眉尻を下げ口を真一文字に結ぶ。


「……何か、あったんですね?」


 そして、そんなことを言いながら僕のすぐ隣に腰かけた。

 いつになく真剣な表情に少し気圧されそうになる。


「ううん、リーシャには――」


 分からないだろうから。

 そう言いかけて、僕は天井を見上げながら深い溜息を吐いた。


 そうじゃないだろ、ロジー。

 そうやって誰にも頼ることをしなかったから前世の僕は道を間違えた。


 今の状況を考えてみろ。

 僕だけの力で辿り着けたか? いいや違う。


 リーシャやカリーナの協力があったからこそ今があることを忘れるな。

 行き詰まった時こそ誰かの力が必要だ。


「ロジー?」


「……リーシャ、今日の仕事はお休みだ」


「えっ!? ロジー何を――」


 僕は慌てふためくリーシャの手を引いて休憩室を飛び出す。


「ガイズ! 僕とリーシャは体調不良だ、今日は休ませてもらう!」


 開店前のミーティングのために集まっていた全員がぎょっとした表情を僕らに向ける。

 その中にガイズはもちろん、珍しくアルベスさんも混ざっていた。


「あぁ⁉ んな元気一杯に何を言ってやがる!」


「客とディーラーが1対1でプレイするゲームがあっただろ、明日それを僕にやらせろ。その売上で今日の分のマイナスを帳消しにしてみせる」


「あのロジー、口調が……なんでもないです」


 小さく呟くリーシャを視線だけで静かにさせる。


「バカ野郎! あれはディーラーだって負けるようにできてんだぞ、第一どんなゲームかも知らねえで――」


「僕が負けるわけないだろ」


 肩を怒らせて歩み寄ってくるガイズ。

 胸ぐらを掴まれ、殴られると思ったその時だった。


「おもしろいじゃないか、やってみろ」


 そう言ったのはアルベスさんだ。


「アルベス、だが!」


「少なくとも私はこんなロジーを見たことがない。何やら事情がありそうじゃないか」


「だからと言って店を疎かにするわけには――」


「そう、だからロジーは代案を示したじゃないか。店に損が無いのなら私は構わないがね」


 振り上げられたままのガイズの拳がゆっくりと下ろされる。


「どうだ、これで君の計画通りかな? ロジー」


 そう言ってアルベスさんは目を細める。


「ええ、助かります。下手に出てうんと言う男じゃないですからね、ガイズは。失礼ながらあなたを利用させてもらいました」


 分かってる、これは優しさじゃない。

 有言実行できなければきっとお咎めが待っていることだろう。


「それからガイズ、生意気な口をきいてごめん。でも、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ」


「……ちっ、だったら最初からそう言えってんだ」


「この借りは今度必ず返すよ、それじゃ」


 何が何やらという感じで放心していたリーシャの手を引き、僕らはラスティソードを後にした。

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