第40話 盤上の攻防③

 僕の思惑通り、噂は2日としないうちに街中を駆け巡った。

 カジノの常連客の間でもその話題が度々上がり、カードを配りながら思わずほくそ笑んだくらいだ。


「あのグレース様が――」


「うちの子に食べ物を――」


「お体の具合が良くなかったって噂が――」


「私は息子のエールスが怪しいと――」


「いや、絶対に宰相のアランが――」


「俺が聞いた話じゃ、隣の領のバイアス伯爵が領土を広げるために人質として誘拐を――」


 といったように、噂は様々な憶測と尾ひれが付けられ、もはや原型を留めていないパターンもある。

 これでは出所を探るどころの話じゃないだろう。


「あれ、でもロジーは『とある要人が』って噂を流したはずですよね。それなのに、どうして『グレース様が』という形で広まっているんですか?」


 休憩時間中、リーシャがそんなことを聞いてくる。

 何の趣向なのか、今日は長い銀髪をツインテールにしていて恐ろしく可愛い。


「あー、そういえばさ、今度うちのギルドのメンバー同士で結婚するらしいよ」


「ええっ!? 誰と誰がですか!?」


「ほら、聞いた」


 そう言って笑顔を返すと、リーシャの頭上には大量のはてなマークが浮かんでいた。


「ここで僕が答えを教えなかったら、リーシャは別の誰かに聞くんじゃない? 『ギルドメンバーが結婚するって話を聞いたんですけど、誰と誰がですか?』ってさ」


「え、はい。多分……いえ、絶対聞きますね」


「すると、きっと初耳だろう聞いた相手も誰かに聞くんじゃないかな。『誰と誰が結婚するんだ』って」


 うんうん、とリーシャは首を縦に振る。

 試しに目の前でやってみてもいいけど、無用の混乱を招きそうな気がするから実演は止めておこう。


「……えっと、それと噂話にどんな関係が?」


「うーん、ちょっと難しかったかな。それじゃあ『アニーとベイが結婚するらしいよ』って僕が言ったら、他の人にその話をする?」


「アニーさんとベイさんなんですか!?」


「いや、結婚の話は忘れていいよ。ただのたとえ話だから」


 そうでしたか、と心なしか残念そうにするリーシャ。

 なるほど、あんまり意識してなかったけど、もう他人の色恋沙汰が気になるような歳だったか。


「それで、どう? 誰かに話したくなった?」


「たしかに話したくなる話題ではありますけど、どちらかと言えば名前を知る前の方が……」


「そう、知った時点で好奇心を満たせちゃったら意味が無いんだ。人から人へ伝わる噂話に必要なのは、誰かに聞きたい、知りたいと思う欲求を煽れること、様々な憶測を交える余地があること――まあ簡単に言えば、エンターテイメントでなきゃいけないってことだね」


「なるほど、だからあえて名前を伏せていたんですね!」


「ご明察、と言いたいところだけど、このままじゃ半分正解という感じかな」


 うん? と首を捻るリーシャ。

 僕は紙とペンを持ってくると、点ほどの小さな円、そしてその周囲に大きな円を描いた。


「この白い点が僕ら、そしてこの円が僕らの広めた『とある要人』の噂だ」


 続けて、大きな円の端に小さな黒い円を描く。


「そしてこっちの黒い点が領内の事情に詳しい関係者、僕らが情報を得た衛兵とかメイドのことだね。この人たちに噂が届いたとしよう、どうなると思う?」


 僕はリーシャの答えを待たず、今度は黒い点の周囲に大きな円を描き、中を斜線で塗りつぶしていった。


「……あっ、あああああっ!!」


 それを見たリーシャは目を見開き、歓声とも取れる声を上げた。 


「出てくるんだよ、〝謎〟に対する〝答え〟がね。どこかから漏れればそれは爆発的に広まる。刺激的なエンターテイメントに大衆はもう夢中だ。噂は『とある要人』から『グレース様』に塗りつぶされ、噂の出所は〝冒険者〟から〝衛兵〟〝メイド〟にすり替わる」


「そこまで考えていたなんて……ロジーは本当にっ、本当にすごいですっ!」


 興奮気味に身を乗り出してくるリーシャに僕はVサインを向ける。


「ひとまずは作戦成功だね。噂の出所を内部の人間ということにできたから、王都も介入がしやすくなったんじゃないかな」


「それじゃあ早速カリーナさんに連絡しないとですね!」


「うん、それはもう済んでるんだ。近々王都に領主を呼びつけて、話をさせる約束を取り付けたってさ」


 連絡自体は冒険者にお金とメッセージを渡したその日に済ませておいた。

 そう上手くいくものかと懐疑的だったカリーナもさぞや驚いたことだろう。


「さあて、領主様はどう動いてくるかな?」


 自分のことのように喜んで回るリーシャを諫めつつ、僕らはカリーナからの連絡を待った。

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