◆
自室のベッドに寝転び、桐乃は考えていた。
今まで、家族と向き合おうと何度も試みた。しかし、試みて、その先に踏み込もうとはしてこなかったのだ。抱いている孤独は、もしかしたら解決されるかもしれないのにもかかわらず、それをしてこなかっただけなのかもしれない。怖くて踏み出せなかった一歩は、今からでは間に合わないのだろうか、と。
「言葉に、ちゃんとすれば届くかもしれない……」
一連の事件で出会った人たちを思い浮かべる。桐乃は身体を起こし、ボストンバッグを取り出し、そこに必要なものを詰め込んでいく。
言葉にして、この家を出ることを告げようと桐乃は考えた。恥さらしと言われ続け、家の汚点だと籠の中の鳥として生きることを強制されてきた。もう、二十歳だ。越えるべきは自分自身。持つべきは勇気。捨てるべきは、恐怖心。
黒川に貰ったナイフも入れて、アーサーたちから受け取った手紙も入れる。それから手に取ったのは――赤いドレス。
自分の涙でできたシミを見つめて、自分は本当に泣いてばかりだった、と何気なくそのドレスを桐乃は身にまとう。あの日、黒川たちと一緒に食事をしたときのことを思い出し、似合っていると言ってくれた黒川の顔を思い浮かべる。
「あ……」
桐乃は母親の声が聞こえてすぐに部屋を出た。険しい表情はいつものことではあるが、少し急いでいるような雰囲気だった。しかし、言うのであれば早いほうがいい。
「お母様」
呼び止めると、母親は赤いドレスを身にまとった桐乃を睨んで「用があるのならメイドに言いなさい。あなたと話をする無駄な時間はありません」と一蹴され、桐乃は呆然とする。
会話すらできず、それどころか自分と話をする時間、それを無駄な時間と言われてしまった。もはや、会話は成り立たない。部屋に戻り、桐乃はボストンバッグを手に取った。
言葉にして伝えることすら拒否されるのであれば、もう、桐乃が勇気を出す意味もない。正面からぶつかっても、意味もない。家族から、自分は家族とさえ認めてもらえていない。
ボストンバッグを手に部屋の外に出ると、ちょうどエントランスに来客があった。二階の踊り場で、桐乃はその客人を見て驚きを隠せなかった。
「夜分遅くに失礼、警察の者です」
警察手帳を見せて入って来たのは、背後に十数名の警官を引き連れた灘源一郎だった。桐乃が二階にいることに気付いた灘は似合わないウィンクをしてきた。何かの合図だろうか? と、桐乃は思ったが、残念ながらここはあちら側の世界ではない。何も起こることはないのだ。
対応していた警備の者が道を開け、そこに桐乃の母親が歩いて来る。灘を見下すような鋭い目で迎え入れ、あからさまに嫌そうな顔で不機嫌そうな声で灘に話しかける。
「警察が何か御用?」
「ええ、実は警察のほうにこんなものが届きまして」懐から紙きれを取り出し、そこに書かれている文章を灘が読み上げる。「『今宵、天嵜桐乃嬢を奪いに参上する』と」
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