豪華客船で盗品オークションに関わった人間が大量検挙された件で警察内部は激務に追われていた。不和もマスコミへの対応に追われたものの、華麗に質問を受け流し、黒川一士が関わったことだけを簡潔に答えた。そしてようやく、自身の仕事がひと段落付いたところだった。

「灘くん、お待たせしました」

 長いこと悩み続けていて、先日になってようやく迷いとやらが晴れたという灘源一郎に、不和紀朔は食事に誘われていた。今までの彼とは全く違う、濁りのない目を見て、自身の予想をはるかに上回っていると感じた。あの二人を組み合わせたのは正解だった、と通りかかった女性の店員に珈琲を注文する。

「先ほど、天嵜桐乃嬢に会いました」

「ほう? まさかのことを伝えたのですか?」

 灘は笑みを浮かべたまま顔を左右に振った。

「招待状を受け取ってから、天嵜桐乃嬢の家庭内環境は見えてきました。それを奴は知っているはずでしょうから、彼女には言わないほうがいいでしょう」

「黒川一士の捜査はきみに一任している。きみがそれでいいと判断したのなら、それが決定事項ですよ。何か問題になりそうであれば、私に言ってください。すぐに対応しますよ」

「感謝いたします」

 膝に手を衝き、灘は大きく頭を下げる。ちょうどそのとき、店員が珈琲を持ってきた。

「お待たせしましたー」

 清々しい声で珈琲を運んできた店員に、灘の目が向く。そして数秒目を見開き、灘は「以前どこかでお会いしませんでしたかな?」と訊ねた。

 店員は考える素振りを見せ、「世界は広いですが、世間は狭いですし、もしかしたら、どこかでお会いしたかもしれませんね」と軽く頭を下げて赤い髪を揺らす。

「ごゆっくりどうぞ」

「ああ、失礼した」

 首を傾げる灘を面白おかしいものを見る目で不和は眺める。横を通り過ぎた赤い髪の店員は優しく微笑んで「いらっしゃいませー」と来店した客に歩み寄る。

「今夜のパーティー、バックアップは任せてください」

「はい、よろしくお願いします」

 気持ちを切り替えた灘が、ビシッと敬礼する。見上げて、薄く光る月を見付ける。今宵は良い夜になりそうだと不和は心躍る気持ちで珈琲カップを手に取った。


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