◆
正確には鳴瀬が撃ち落したのだろう。鳴瀬のにやけ顔を見て、アルバートが嫌悪感を丸出しにした。
「あれでも鳴瀬は負傷している。灘は今のところ使い物にならん。アーサーは負傷したオーガストを抱えている。現在、最も冷静でいられているのはお嬢ちゃんだけだ。状況を把握して、経路を選んで進め。船内構造は頭の中に入っているかい?」
「……はい!」
任されたわけじゃない。それは桐乃にもわかっていた。だが、これ以上悔しさに囚われていたら、黒川の邪魔になるだけだ。
「頼むよ」
背中を優しく押されて、桐乃は走り出す。映像を、情報を脳内に再生させる。記憶してある船内構造、通路、行き止まり、頭の中で安全で最短のルートを割り出す。
「付いて来て下さい!」と桐乃は先頭に、続いて鳴瀬が灘に肩を貸して走り、アーサーは複雑な表情を浮かべつつも、肩を貸してオーガストを引きずるようにして走り出した。
「誰も逃がしませんよ……!」
「それはこっちの台詞だ」
アルバートが銃を桐乃たちに向けるその瞬間、黒川と呼ばれていた男が跳躍、一気にアルバートの前へ跳ぶ。横一閃、振り抜いたナイフはアルバートの銃を切り裂いた。
「邪魔をするな!」
鬱陶しい、と斬られた銃を棄て、アルバートは部下に銃撃の指示を出す。マシンガンを持った部下たちの背後に跳び、数多の銃口を向けられる黒川を嘲笑、弾丸が放たれる轟音が鼓膜を劈く――その数秒後、部下数名の身体が宙を舞う。胸部を鋭く切り裂かれ、噴き出した血が雨のようにアルバートに降り注いだ。
――この世界に入って、血の雨というものと初めて目にした面々も多い。アルバートもその内の一人だ。凄惨な雨に気を取られたのは一秒か二秒、しかしそれが致命的とも言える数秒だった。
マシンガンの一斉掃射によって上がった白煙や塵芥のスモークの中、煌めく刃が血飛沫を床に散らしていく。呻き声や断末魔の叫び声が響き、アルバートは思わず数歩後退する。煙の中にシルエットが浮かび、ゆっくりとその姿を星明かりの下に晒す。指先から肩にかけて、黒い服がさらに黒く染まっている。それが返り血だと気付くには僅かに時間を要した。
煙が上空を旋回したヘリコプターによって掻き消されると、惨殺され、床に転がっている部下たちの死体が視界に入って来た。
「化け物がぁ……!」
「まだ人間は捨てていないよ、アルバートくん」
しかし、人間とは思えない殺気にアルバートはすぐさま対処を考える。ダイヤを優先すべきか、諦め、新たな組織だけを引き連れて一時退避を選ぶか。アーサー、オーガストの双方を殺すだけの話だった。しかし、この予想外の連中が邪魔をしている。
この黒川という人間が何者かわからない以上、無意味に時間を浪費するわけにもいかない。ダイヤ、アーサーとオーガストの命、巨大組織、どれも捨てきれないものの、ついに手に入れた巨大組織だ、時間をかけてゆっくりと二人を殺し、その後じっくりとダイヤも手に入れることをアルバートは選んだ。この黒川という男は二人にダイヤを返すつもりでいるようで、そうなればいずれ二人を殺すときにダイヤも一緒に手に入る可能性もある。
「何にしても、ここで死んでは意味がない」
ニィ、と笑って、アルバートは緊急避難用に準備していた小型ボートへと向かう。現段階でグリケルトとクランチの部下を使い捨て同然に利用しているだけで、本国に戻れば手中に収めたシャーロットとフレデリックの部下もまだいる。立て直すことは簡単だ。ならば、ここはすべてを見捨て、とにかくこの命を――走り、背後で上がる捨て駒の悲鳴を振り切る。
「全員、沈んでしまえ……!」
胸ポケットからライター型リモコンを取り出し、スイッチを押した。
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