「――どこへ行く?」


 囁くような黒川の声が耳元を掠める。咄嗟にもう一挺、拳銃を取り出すものの、振り返ったのと同時、空中を飛んできたかのように襲い掛かって来た黒川の手の平が、アルバートの喉を捉えた。強烈な衝撃に、取りこぼした銃が床に滑り転がっていく。縁の柵が拉げるほどに背中を叩きつけられ、アルバートは口から血を噴き出した。その血を黒川は躱し、それでも締め付けてくる手の平は少しずつ喉を潰さんと力が入ってくる。

「離せ……!」

「いいよ」

 そう言った黒川は手を離し――右足を軸に回転、繰り出された回し蹴りがアルバートの横腹へ撃ち込まれた。骨の折れる音が全身に響き、吹き飛ぶ身体は何度も床にぶつかり、壁に衝突してようやく停止する。

「くそっ……この、野郎……!」

 ゆっくりと歩み寄って来た黒川は、静かに視線をアルバートの右手に向けた。握ったままだったライター型リモコンを見て、僅かに黒川の表情にブレが見える。それを見逃さなかったアルバートは、込み上げてきた笑いを我慢できなかった。

「……ただのライターじゃないな、起爆装置か?」

 笑い続けて、身体の痛みが麻痺し始める。

「爆弾なら分解したぞ?」

「それは機関室の真上、アーサーやオーガストも知り得た爆弾のことだろう?」

 声を上げて笑い、アルバートは自身の精神が壊れていく様を感じていた。

「もしや、きみもあの津屋とかいう情報屋と繋がっていたのかな? あの情報屋は実に扱いやすかったですよ、金を積むと情報に細工をしてくれました。。しかもとびきり大きいものをね」

「あの阿呆……」

 呆れたといったふうに、黒川の鋭い眼光が鈍る。全身が上手く動かない。しかし、左腕は僅かに動く。黒川が僅かに思案するよう目を瞑る、その合間にアルバートは腰に取り付けてある小型拳銃に手を伸ばす。この邪魔者さえ殺せば――銃を抜き、素早く銃口を黒川のほうへと向ける、刹那、アルバートは目を疑い、絶句する。何が起きたのかがわからず混乱しながら自分の手に走った衝撃と電気が走るような冷たい痛みに嗚咽を漏らす。

 じわりじわりと熱くなっていき、液体が湧いてくる。襲い掛かった謎の衝撃の正体を知り、どっと汗を掻く。無理に動けば引き千切れる。尋常じゃない激痛が限界を超え、感覚麻痺を起こす。肉を抉り自分の手の甲に突き刺さる槍を見てしまったアルバートは、もはや正常な精神を保つことができなくなった。頭上から、突然空気を引き裂くように甲板に突き刺さったどす黒い槍は、狙い澄ましたかのようにアルバートの手の甲と小型拳銃もろとも貫いていた。 

 黒川が顔を上げる。その手には血まみれのナイフが握られ、この黒い槍が降り注がずとも、さきと同じように切り裂かれていたことはアルバートにもわかった。しかし、この黒い槍を投擲した人物だけは、わからなかった。黒川の見上げた先を見て、背筋がゾッとする。

 闇夜に浮かぶ白いハーフマスク、その下で不気味に微笑む男の姿に、アルバートは己の命に終わりを見た。


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