「それで俺は銃を突き付けて言ってやったわけよ! 『黙れ』……ってな!」

 裏路地にひっそりと営業していた小さな居酒屋に入った桐乃たち一行は一番奥のカウンターに座っていた。一人盛り上がる鳴瀬の声が店内隅々まで響く。隣に座っている桐乃は愛想笑いで武勇伝を聞いていた。由良は淡々とお刺身食べている。

「すると背後に飛来する何かを察知した俺は! 瞬時に銃口を向けた! しかしそこは天才ガンマン鳴瀬くんの素晴らしきテクニック……いや! これは芸術と言っても過言ではない! 目視することもなく、感覚のみでその小さな獲物を撃ち抜いた! 俺! 天才! な?」

「はい、すごいですね……」

「そして俺は崖から飛び降り、奇跡の生還を果たしたわけだ!」と話が飛び飛びで何がなんだが話の道筋もわからないまま鳴瀬は話し続ける。よくよく考えると鳴瀬はコップ一杯、それどころか口に酒の一滴すら入れていない。つまり、酔っていない。

「俺には妹二人と姉一人がいるんだが」

 話の展開がもはや読めない鳴瀬の話にぐったりしてきた桐乃はちびちびと日本酒を飲む。ぐったり、と言っても鳴瀬の話が至極面白くないだけであって、居心地は良かった。噛み合ったかのように、しっくりくるのだ。

 店内には桐乃たち以外に客はいなかったが、鳴瀬が歌い出した時、一人の女性が店内に入って来た。外国人だろう、赤い髪はルビーのように美しく、桐乃が少し見惚れていると、彼女は桐乃の手元を凝視して訊ねてきた。

「あなたのそれ、日本酒っていうやつ?」

「あ、はい……」

「ふうん……甘い香り……フルーティーだ。うん。マスター、これを私にも」

 居酒屋の大将は「マスター」という聞き慣れない呼び名に戸惑っていたが「あいよ」と注文を受けて桐乃が飲んでいた日本酒のお冷を運んできた。舌なめずりをして、彼女は、とっくりをそのまま持ち上げ、口に持っていった。そしてぐいっと飲み干し、甘ったるい声を小さく漏らした。

 あまりにも大胆な飲み方と色っぽさに、桐乃と大将が唖然としていると、もう一人の客が入って来た。サラリーマン風の男はメニューを見て鯖寿司とビールを注文し、携帯をいじり始める。

「あー……美味いな、日本酒、たまらん」

 空になったとっくりを突き出し「あと五、六本ちょうだい」と彼女は言った。鳴瀬も気付いたのか、饒舌だった口を閉じて彼女の飲みっぷりに目を見張っていた。運ばれてきたとっくりを次々と空にしていく彼女は、桐乃たちの視線に気付いて不思議そうな顔をした。

「何?」

「いやあ、いい飲みっぷりだなあって」と、鳴瀬は一口も飲んでいない自分のグラスを持って彼女のほうへと歩み寄る。そしてカウンターに置かれた使用されることなく鎮座していたお猪口を手に取り、彼女に無理矢理持たせた。「これは、これに注いで飲むんだよ」と、お猪口に日本酒を注ぐ。彼女は目をぱちくりとさせて、鳴瀬が「ほれほれ」と飲むように促し、慣れない様子でお猪口に口を付けた。

「……なるほど、一気に飲む時と違って風味に深みを感じる……味わうものなのだな、これは」

「酒は味わうものさ」と嬉しそうに鳴瀬はようやく自分のグラスに口を付けた。ふらふらとしながら自分の席に戻った鳴瀬は、上機嫌で鮭の炙りをほぐしながら食べ始めた。一番奥の席に座っていた由良が「申し訳ありません」と席を立って赤髪の彼女に謝る。

「いやいや、別にいいんだよ。日本のしきたりとかマナーとか、よく知らないからさ。教えてもらってありがたいよ」

「そうですか」

 笑顔を向ける由良。サラリーマン風の男に鯖寿司とビールが運ばれ、鳴瀬がカウンターに足を乗せようとするのを桐乃は必至に止めようとする。そうですか、そう言って動きを止めていた由良が、口を開く。

「それは良かったです。下手にこんな場所ででも起これば、厄介なことこの上ありませんから」

 争い、というワードに桐乃は鳴瀬から離れて振り返った。赤髪の女性はとっくりを置いて鋭い眼光を由良に向けていた。由良の言葉に、彼女は瞬時に腰回りに手を持っていく。

「シャーロット一家頭目、アーサー・シャーロットさんですよね?」

 赤髪の女性、アーサー・シャーロットが僅かに動いた瞬間、いつの間にか、背後にいた鳴瀬が二挺の拳銃、その銃口をアーサーへと向けていた。カウンターに足を乗せた状態で、鳴瀬は薄らと笑みを浮かべて銃を構える。

 悔し気に、アーサーはゆっくりと両手を挙げていく。

「いい動きだけど、甘い」

 龍の刻印が彫られている鳴瀬の二挺拳銃をじっと見つめるアーサーが口を開く。

「何者だ?」

「安心してください、敵ではありません」と由良が鳴瀬にこくんと頷く。一気にこちら側の世界にいるのだな、と桐乃は実感した。鳴瀬の動きは一瞬で、まさに早業。あれだけへらへらと、ちゃらちゃらとしていたというのに、銃を構えた瞬間の瞳は獣のようだ。

 由良に促されて鳴瀬は銃を下す。下した拳銃がちょうど桐乃の顔、その真横へ。うっかり発砲したり暴発したりしないだろうか、などと心配している桐乃をよそに、由良が言葉を紡ぐ。

「どちらかといえば味方に近いかと思いますので、どうか警戒なさらずに。ここで居合わせたのは本当に偶然の出来事……しかし、一人だけ偶然ではない方が混ざっているようですね?」

 由良が横を見て、全員が横を見る。鯖寿司を頬張り、しかし停止して両腕を挙げている男が一人。桐乃には普通のサラリーマンのようにしか見えない。怪盗の一味、マフィアのボス、そして彼は誰なのか――鳴瀬が鼻で笑って拳銃を男へと向ける。

「駄目駄目! トリガーに指をかけたまま銃口を向けないで!」

「無理だなー、懐の拳銃に火を吹かれたら、俺も殺されちゃうかもしれないし」

 懐の拳銃。鳴瀬の言葉に桐乃は男の胸元へと目を向けた。若干の膨らみ、そして両腕を挙げて広がったスーツの隙間から僅かに見えるのは、ホルスターらしきもの。

「虎波生絲、で良かったかしら?」と由良。

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