アルコール度数はそれほどなかったが、さすがにラッパ飲みは酔いの回りが早かった。覚束ない足でどうにかこうにか階段を上がっていく。アルバートが手を貸そうとしてきたが、アーサーは一人で大丈夫だと強がった。

 どうにかこうにか地上に這い出たアーサーはネオンの灯りに誘われるようにふらふらと街中へと歩を進めようとした。しかし、それを部下たちが止める。一般人に顔は知られていないかもしれないが、一応はシャーロット一家のボス、あまり表立った場所に踏み込むのは騒動の種となる。ボスの座に就いてしまった以上、そういった軽はずみな行動は避けなければならないのだが、今日は無性に酒が飲みたいとアーサーは部下にありったけの酒を持って来るようにと命令し、用意されていた車に乗り込んだ。

「アーサー、オーガストの旦那からの忠告です。下品な酒の飲み方をするな、とのことです」

「酒ぐらい好きなように飲めばいいんだよ……」

「一応、シャーロット一家のボス、酩酊されては困ります」

 困りますって? とアーサーは助手席に座ったアルバートに向かって不敵な笑みを浮かべる。前任のユージン・シャーロットの側近で、優秀な部下。しかし、底知れぬ不気味さは以前より増していた。武器の扱いに長けていて、幾度となくユージンを守ってきた腕前は屈強な格闘家すらもねじ伏せるほどだと聞かされてきた。だが、アーサーが着任してから大きな騒動は起こらず、この男の実力は今まで直に見たことはアーサーにはなかった。

「アルバート、これからちょっと手合わせとかしてみないかい?」なんて言ってみようかとアーサーは思ったりもしたが、時期が時期、このタイミングで下手に動くのは禁物だ。いくらがさつで下品な酒の飲み方をするアーサーでも、状況判断ぐらいは冷静にすることはできる。

「アーサー、ホテルに戻りますか?」

「そうだな、頼んだ酒をホテルで飲むとしよう」

「二日後までに酔いが覚める量でお願いします。頭目が酔っぱらっていては困りますからね」

「明日の朝には抜けているよ。私の肝臓をなめるなよ」

 言って、アーサーは座席に寝転び、窓枠に靴底を乗せる。上品さも気品さもいらない、色気も女らしさもいらない。この世界でアーサーが欲しいものは二度と手に入ることのないものばかりだ。

 ユージン・シャーロットが何者かに暗殺されて早一年、心にぽっかりと空いた穴は当たり前ではあるが、酒をいくら飲み干そうとも塞がることはなかった。沁みて痛み、長引く疼きは酔いを鈍らせる。スッと酔いが抜けていくのを全身で感じ取りながら、腕で目元を覆う。血まみれのユージンから体温が抜けていく記憶が手の平に蘇り、思わず拳を握りしめて歯軋りする。頭部を撃ち抜かれた瞬間を目の当たりにし、倒れ込み、命が消えていくのを見届けたアーサーにとって、トラウマに近いユージンが死んだ日の記憶は、どれだけ時間が経とうとも消えることはない。

(必ず、終わらせる)

 真っ赤に煮え滾る怒りと憎しみを腹の奥に忍ばせながら、アーサーは窓から見えるビル群に目を移した。ネオンが反射して煌めく様は、まるで水中から月明かりを受けて煌めき、揺らめいた水面を見上げているかのようだった。海の中はきっと静かで、沈めば沈むほど、暗く冷たい世界が広がっている。あの世とは、そういう場所なのだろうか。そんな場所に、人間は向かっているのだろうか。

 途方もない疑問を浮かべながら、アーサーは静かに瞼を下した。車は夜道をひた走る。ビルの間から、大きな満月が顔を覗かせていた。


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