「オーガスト・フレデリック様、お久しぶりでございます」

「アルバートか……アーサーに下品な酒の飲み方をするなと言っておけ、観るに耐えん」

「申し訳ありません、あれでも今日はお淑やかなほうですよ」

「とんだじゃじゃ馬娘だ。シャーロット家の末裔とは思えんな」

「ユージン様が生きておられたら苦笑いを浮かべられるでしょうね」

 彼は不敵な笑みを浮かべて室内へと入っていった。アーサーの側近であり、前任のユージン・シャーロットの側近でもあった男。性格がにじみ出るわざとらしい笑みに気味の悪さを感じながら、暗い階段を上がっていく。

 ユージン・シャーロットが束ねてきた組織を一人娘で、小娘のアーサー・シャーロットが継いだ。初めての女ボスに戸惑いを当初見せていた彼女の部下たちだったが、組織全体を把握していた優男、アルバート・フェザリーという古株の側近のおかげでアーサーはひと騒動も起こすことなくボスの座に就くことができた。

 しかし、裏を返せば、アーサーではなくアルバートのほうが組織を束ねて操ることに長けているということが露呈した形となったわけであり、実質、組織はアーサーではなくアルバートが仕切っていると言ってもいい。このままでは組織分裂や内部抗争も避けられない。アーサーがこの危険な事態に気付いているかどうかはわからないが、今回、激化の一途をたどるこの世界を生き抜くために、そして、共通の獲物である例のダイヤモンドを手に入れるために、互いの組織を統合化する誓約を結んだことで安定はする。

「……これでいい」

 地上に出るのと同時、迎えに来た部下の車に乗り込む。街中の眩いネオンはどこの国でも同じだな、とオーガストは窓に映った自分の目を見て、揺らいだ炎を見逃さなかった。覚悟はしている。しかし、その覚悟に僅かな揺らぎが見える。このままでは失敗する、そう感じたオーガストは部下にある場所へと向かわせた。

 騒がしさの塊であった街を抜け、人里離れた森の中を高級外車が走り行く。夜の八時を過ぎ、真っ暗な山中に古びた門を見つけて車を止めるように指示を出す。

「ボス」

「ここからは一人で行きたい」

 車を降りると、部下が悲し気に「お気を付けて」と言った。

 門を潜り抜けた先に見えた、古びた巨大な屋敷を遠くから見つめる。揺らいでいた炎が徐々に落ち着いていくのを感じる。瞼を下したオーガストは懐かしき時代と波乱の人生、そして、ユージン・シャーロットを思い浮かべながら静かに口を開いて言葉をこぼした。

「ユージン、すべてを終わせるぞ」

 瞼を持ち上げ、オーガストの鋭い眼光が闇夜に浮かぶ。烏だろうか、真っ黒な鳥が騒がしく鳴き始め、空をさらに黒く覆った。それはまさしく悍ましい世紀末のような、地獄の断末魔が聞こえてきそうな光景だった。


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