絡み合う

 葉巻の煙が漂う中、窓が一つもない薄暗いレストランで和洋中のフルコースを食していた、屈強な、強面な年配の男は、母国のワインを軽く口に含み「懐かしい味だ」と思い出に、そして余韻に浸っていた。目の前でシェフが分厚いステーキにワインをかけて炎が上がり、香ばしい肉に包丁が入れられた。切り分けられた肉が目の前の皿に置かれ、一口食べる。すると、五席ほど間を空けて座っていた赤髪の女がワインをラッパ飲みし始めた。乱暴に両足を隣の椅子に乗せ、横柄な態度をとっているわけではないが、それでも赤髪の女、アーサー・シャーロットは年配の男、オーガスト・フレデリックを見下すように話し掛けてきた。

「とりあえず、オーガストの旦那。書類のほうには印を押した。つまり、これで組織統合の話は締結したわけだ。ヨロシク」

 残りの肉を上品に口に収め、テーブルナプキンで口元を拭ったオーガストは睨むようにしてアーサーを見た。部下に葉巻を持って来させ、一服しながらオーガストは口を開く。

「……他に、グリケルトやクランチも日本に入って来たらしいな。かなりのリスクが伴うというのに噂を嗅ぎ付けて、よほどあのダイヤに目が眩んだのだろう。ここ数年で名を上げてきた武装集団……グリケルトの組織は放っておけば自滅する。あいつら、武器勢力はあっても……使える頭がない。クランチもそうだ。いくら乗り込むところまでいっても、必要以上に警戒して何もできない腰ぬけ野郎共だからな。だから奴はいつまで経っても裏社会の底を這いつくばっているのさ。しかし、これほどまでに裏の連中が集結しているんだ。何が起きてもおかしくない」

「そこで手を組んだ私たちがそのダイヤやその他金品の強奪、そしてその他の組織を、徹底的に力でねじ伏せる。騒ぎはできるだけ最小限に抑えるところが難しいね」

 葉巻を咥え、オーガストはアーサーに念を押すように低い声を出した。

「これは血の契約だ。裏切れば、制裁がくだる。忘れるなよ、悪ガキ」

「忘れやしないって、オーガストの旦那。裏切りはご法度の世界だぞ? 私は誰も裏切らない。前任ユージン・シャーロットという誇り高きボス――亡き父に私は誓ったんだ」

 目の色が変わり、アーサーはワインボトルをテーブルに叩き付けた。ボトルが割れはしなかったものの、テーブルは激しく揺れ、飾られていた花瓶がぐらりと揺れた。淡々とシェフは次の料理に取り掛かる。

「……あのダイヤは必ず手に入れる」

 オーガストは葉巻を置いて、立ち上る煙の奥に見えるアーサーに対して「ふん」と嘲笑うようにして笑った。席を離れ、壁にかけられた絵画を見つめる――ここ最近になって組織としての在り方が時代の波にさらわれ始めた。強化されていく銃規制、監視の目が鋭くなった薬の売買、何をするにしても窮屈な世界になってしまった。人身売買にまで手を染める組織もあり、かつての誇りを棄てる組織も増えていった。そこに、あのダイヤモンドが姿を現したのだ。

 世に姿を現すのが、決まって時代が移り変わろうとする時期だとして、世紀末の秘宝と呼ばれたり、うつろいの石と呼ばれたりしている。手にしたものは不老不死の力を得られ、未来永劫、何ものにもとらわれない自由を得られるとも言われており――狙う者はオーガストやアーサーのようなマフィア、裏社会に生きる権力者であったり大富豪であったり、醜い争いが起こることで有名となっていった。そして、そのダイヤが、ずっと語られてきた伝説のダイヤモンドが、ここ日本に姿を現した。

「あまり、無意味やたらに騒ぎを起こさぬようにしろ。ただでさえ我々は目立つのだからな。おそらく我々が日本に潜伏していることは日本政府も気付いているだろう。目的を見失うようなことだけは避けるように」

「……わかっているよ。これでも一組織を束ねる人間だ。そのくらい弁えているさ」

 アーサーは一変して笑みをこぼし、愉快そうにワインをもう一度ラッパ飲みした。呆れて首を左右に振り、オーガストは「二日後だ」と言って出入り口へ向かう。コートを手に取って出入り口の扉を開けると、すらっとした優男が立っていた。丁寧なお辞儀をしてきた優男は、アーサーの側近だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る