銀幕の余韻
黛惣介
エンドロール
スクリーンの向こう側
スクリーンの向こう側、寂れた廃屋で対峙している男女が互いに銃口を向け合っている。トリガーにはすでに指がかかっていて、女のほうはその指先が震えていた。復讐の相手でありながら愛してしまった男を撃つ覚悟が決まらず、迷いの末に銃を下す。銃声が響き、男はぐらつき倒れた。
硝煙の上がる拳銃が床に転がり落ち、軽い音がこだまする。自決した男。彼もまた迷い、愛した女を殺せなかったのだろう。カメラが、崩れ落ちた屋根の隙間から見える月を映し出し、ぼやけた後に『数か月後』のシーンが流れ、女が死んだ男の娘を連れて公園を散歩しているシーンでエンドを迎えた。
――ネットでの評判はいまいちでB級映画などと呼ばれていた作品ではあるものの、実際に観た
観る、だけではなく、読み取る、感じ取る必要性がある作品だ。つまり、表面上であったり、ストーリーにだけ着目したりしていると、ありきたりでチープな内容に見えてしまうのは致し方ないことだと桐乃は思った。
平日の映画館、客入りは酷く少ない。老夫婦にカップル、ヤンキー風の三人組、スーツ姿の男性、そして大学生の
作品は確かに終わったかもしれない。しかし、桐乃に言わせてみればこの作品はまだ終わってはいない。エンドロールが終わるまでが、作品なのだ。
B級映画と呼ばれようとも、この映画を作るためにどれだけの人が苦心し、懊悩し、汗水流してきたのだろうか。映画研究会に所属している桐乃にはその大変さがよくわかっていた。それこそ、チープで薄い、テーマも熱意も情熱も込められていない内容の映画しか今まで作れていないからこそ、わかることだ。
たかだか三十分の映画を撮影するだけで数か月を要する。それだけの時間を削っていざ上映してみても、学生レベルの映画に観客が称賛の嵐を贈るはずもない。それも製作サイドのやる気もまるでないのだから諦めるレベルなのだ。
桐乃は小さい頃から映画が好きだった。アクション、ホラー、恋愛、SF、コメディー、どんな映画でも選りすぐることなく観てきて、とくに非現実的な世界を描いた作品を好んで観てきた。その映画好きもあって地元の大学では映画研究会に目を輝かせて入ったのだが――現実は飲み会やコンパ、映画への情熱は欠片もなく、二年間で一本の作品しか作れていない。その一本も桐乃の提案から始まったプロジェクトだった。それが三十分の映画、何とも馬鹿げた内容だった。
いざ作り始めると口を出し始め、結局つぎはぎだらけで内容よりも自分達をよりよく魅せるだけの映画となった。もはや映画と表現するのも申し訳ないぐらいの身内ネタのオンパレード。当然ながら大学祭での上映会は悲惨な結果となった。
映画は好きだった。しかし、作ってみるとコツが掴めず、どういうふうに表現すればいいのか、研究してみても難しいものだった。そして映画制作について研究し勉強した結果、映画が好きなだけで、桐乃はその映画を作る才能が自分にはないことを悟った。才能は天から授かるものであり、生まれ持ったものだ。天嵜桐乃の場合、家柄がいいだけで、そもそも、何もかもが平凡だった。
学力も体力も運動神経も、得意分野と言う得意分野もなく、突出したものも持っていない。コンプレックスと言えば簡単だが、すべてが平凡な桐乃はいつも他者と比べられ続けてきた過去がある。家族からも他の兄姉と比べられ、毎日が肩身の狭い思いでいっぱいだった。そんな自分から抜け出そうと努力をしてみても変わらず、平凡。挙句、両親からは「どうしてお前は」と呆れられ、天嵜家の恥と陰で言われるようになった。
なんで自分だけが、などと小さい頃は思っていた。しかし少しずつ大人になるにつれ、諦めていくことに慣れていく。それが恐ろしくもあり、悲しいものだった。B級と言われていようとも、そのB級映画のエンドロールにさえ、この先名前が載ることはない。すべてが平凡で、普通の人生。
世間では毎日のように事件が起こり、人が死に、人が産まれ、炎に包まれ、雄叫びが上がり、熱気に侵されている。最近では国内で人身売買組織が摘発され話題となったり、世界中を駆け回る怪盗が日本に舞い戻って来たりと、噂で盛り上がり、衛星が謎の爆発を起こしてその破片が地球上に降り注ぎ大問題になったりと、自分が平凡且つ普通の人生を歩んでいる傍ら、騒がしい世界を歩む誰それが休まることなく縦横無尽に闊歩している。
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