ドリーム・ワールド
永風
正体
「君はこの世界に居続けることを望むかい?それとも僕と一緒に夢の世界に行かないかい?」
余りに突拍子もない事態に、私の思考でさえもこれは夢の中のことであるという結論にしか考えが至らなかった。
「ああ、行けるものなら夢の世界とやらにいきたいもんだ」
実際夢の国が本当に存在するなら行ってみたいし、そろそろこの世界にも飽きてきていたのも事実だった。
「うん、君ならそう言ってくれると思ってた」
その言葉を聞いたのと私の目の前が闇に包まれたのはほぼ同時だった。
あれからどれくらいの時間がたったのか定かではないのだが、事実として夢にしては余りにも現実に近しい感覚を持ちながら私はさっきの声の主を探して終わりの見えない鬱蒼とした森の中をうろついていた。
それにしても気味の悪い場所に放置してくれたものだ。夢の国というからもっと
メルヘンチックなものを想像していたのだが、まさか現実世界のしかも森の中とは中々酷いおもてなしもあったものだ。
「川か」
手ぶらで渡るには余りに長大で向こう岸の見えない川に差し掛かった、これが本当に現実なら私は迂回していただろうし、そもそもこの状況に危機感を抱き、
少なからず慌てていただろう。
途中で落ちないよう入念な準備運動を終え、私は上空10m程の位置まで飛び上がり限界を感じるとその高度のまま飛行を開始した、夢の中さまさまの行動と言えよう。
「さすがに疲れたけど、もう少し夢の国を視てみるか」
体感ではもう2hほど動きづめな気がしていたが頬を抓って目を覚ますのはもう少し後でいい、ちょっぴりの恐怖心より私は今好奇心の方が何倍も何十倍も大きくなっていた、それはまるで地位も名誉もなくただ自分のやりたいことに正直だった少年の頃を思い出すように。
今までの世界から抜け出して、これまでの科学や技術なんかとは違う想像で創られる夢の世界に今自分がいるということにかつてない程の充実感とこれからの期待に私の胸は躍っていた。
もちろん、これが現実にある世界であるはずがない事ぐらい賢明な彼は理解していたはずである。しかし、あまりの好奇心によりいつもの彼の1000分の1も
判断力が働いておらずそのせいで、あまりに冷静さに欠けたこの向こう見ずの行動が起こす事態に彼は気づく事が出来なかった。
とうとう私は川の向こう岸へと降り立った、振り返るとなにか元来た地から声が聞こえてきた気がしたが多分気のせいであろう。
川を挟んでこちら側の世界は、あの声の主の住まう夢の世界の本域といった具合にこの世のものとは思えないほど空気が清く澄んでいた。
それでもあの声の主は現れることなく、仕方なく私は奥へ奥へと進んで行った。
もう後戻りできないような言い知れぬ不安があったのだが、逸る気持ちを抑えられずまた、この世界は一体この先どうなっているんだろうという好奇心が私を前へ前へと突き進めていった。
それから飛び続けること数時間、私は精霊とおぼしき背中に純白の小さく可愛らしい翼を持つ少女をみつけた。
「君は夢の国の住人なのかい?」
「やぁやぁ、君はなんの未練もない清々しい顔をしているね、
そういう子僕は大好きだよ。
そもそも未練なんてあってもなくても意味なんてないのにさ、まだやりたいことがあるとか言ってホント嫌になっちゃうよ。まぁそんな奴僕がちょちょいと手を下したら静かになるんだけどね。あ、ごめんごめんおしゃべりが過ぎたようだね。
僕は妖精や精霊とも言われるけどティンって名前があるからそれで呼んでくれよ。それとここの住人であってるよ、お見事―」
話す相手がいなくて寂しかったのだろうか、実際結構な距離を進んできたが
出会ったのはこの子だけだからな。まとめると、この子はティンっていう名前でここに暮らす精霊のようなものらしいな。
全く、私の夢の中だというのにこんなにもよく分からないことばかりとは本当に愉快な世界だ。
「呼ばれてここに来たんだけど、私はこの後どうするべきか知ってるかい?」
とりあえずこの世界について私はもっと知るべく、このおしゃべりなティンの話し相手をしながら聞いてみた。
「なにをするべきかじゃない、なにがしたいのかさ!
ここは夢の国なんだから自分のやりたいようにやりたいことをするべきだろう!
それと君のことを呼んだのは僕らの上司にあたる天使パウだと思う、
なにせあの方ぐらいしか現代世界に行くなんて無茶しないだろうからね。
全く困ったもんだよ、現代世界に無断で行くなって言ってるのに現代世界に
フラリと行っては勧誘してくるんだから。僕が後処理するんだから。
ああ、あと今のことは秘密にしてくれるかいこの飴ちゃんあげるからさ!
じゃあそういうことでまた会おう!」
「あ、うん、ありがとー!」
結局この先どうなってるか分からなかったし、勝手に喋って勝手に飴玉を置いて行ったな。とりあえず貰った飴玉でも舐めながら奥に進もう。
それにしても『なにがしたいか』か、いよいよもってこの夢の世界が
気に入った。
飴玉は驚くほど甘く食べ応えのある至高の一品だった。
飛行している内に見えていた景色が変わっていき精霊達の里のようなものが見えてきた、私がそこに立ち寄ってみるとどうやら私以外の人間がいるようだ、
この世界に来て始めての人間だ、是非ともお会いしたい。
私はここであり得ない出会いを果たすことになる。
「どうもはじめまして、私スティーブ・ジョブズという者です」
いつものアップル社会長としての私にとっては幾分控えめだが、
自分の夢の中ぐらい無難な挨拶でもいいだろう。
「こいつはどうも、私は発明王トーマス・エジソンである」
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