道標、その先へ
黛惣介
道標、その先へ
新調した真っ赤なザックは思いのほか背中にフィットしている。高校生の頃から使って来た登山靴もそろそろ買い替えたいところだが、ここ最近のお財布事情は厳しいものがあった。
父親の影響で始めた登山は、今となっては週に一、二回、なつめにとって一番の趣味になっていた。大学に入学してからもその趣味は変わることなく、かといって、体力があるわけではない。だからこうして――後ろに迫ってきた他の登山客に道を譲るのだ。
「ありがとねえ」と言われて、微笑し軽く頭を下げる。自分の荷物に比べて倍はある荷物を背負っている女性が一人、二人と先に進む。息も切らさずに進む二人の背中を、息切れ切れで見送る。登り始めて四十分ぐらい経ったが、全体の五分の一も登り切れていない。あの人は、もう半分以上登ったのだろうか。やはり一緒に登らなくて正解だった、となつめは少し登った場所にある休憩所を目指し、重くて仕方ない脚を必死に動かす。今日は、いつもよりも調子が悪かった。
休憩所には初老男性らの登山グループが集まり、湧き水で喉を潤し、談笑しながら休憩していた――それは、なつめにとって苦手な空間でもあった。しかし、休憩を挟まなければ登り切れるような山ではない。グループの集まる奥にベンチが見えたが、離れた場所にちょうどいい岩を見つけてザックを下す。すると、一人の男性が陽気な口調で話しかけてくる。
「おうおう、そんなところで休んでいないで、こっちにベンチが空いてるよ」
急に声をかけられ、戸惑う。座りたいけれども、そこに座ると半ば強制的にグループの話題に入らなければならなくなる。親切心で言ってくれているのだろうけれども、なつめには勘弁してください、という思いでいっぱいだった。だが、断る理由も思いつかず、結局流されてベンチに誘導される――いつもこうだった。嫌なことを嫌だとは言えず、断るべきところを断れない。だから繰り返してしまうのだ。
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