第22話悲鳴とギルドと

 足が重い、呼吸が上手くできない、頭がボーっとする……。


 街を出た翌日、気持ちでは進もうとしているのに上手く体が動かない。歩き始めてまだ数時間しか経ってないのに息が切れてくる。普段ならこんなことにはならないはずだ。


 問題点は分かっている。先日の名前も知らない少年達の事だろう。俺が夜に忍び込むと言わなかったら、あの時にすぐに屋敷に忍び込んでいたら。一度伯爵襲撃に失敗してしまっている事から俺は慎重になりすぎていたのかもしれない。


 助けられた命がまた一つ失われてしまった。そのことが悔しくて、情けなくて、申し訳なくて。俺は一体どれだけ失敗を重ねれば気が済むんだろうか。もう失敗したくないのに……。


 俺は無力だ……。


 静かな坑道を歩いていると風に乗って女性の声が聞こえた。悲鳴に近いその声に体が勝手に動き「ブースト」をしながら近くの森の中に入る。さっきまで体が重かったのが嘘みたいに体はどんどん速度を上げて進んでいく。


「ジル!!」


 再び女性の声が今度ははっきりと聞こえ、その方向に走ると4人の男女がフォレストベアー二匹と交戦中だった。


 原則として冒険者は他の冒険者の獲物を横取りしてはいけない。例えそれで死んだとしてもそれは自分達の責任、それが冒険者ギルドの暗黙の掟だ。


 だが俺には彼らを見捨てる選択肢はとれない。3人の男女は傷だらけで地面に座り込み、一人の男が皆をフォレストベアーから守っている状況だ。しかしその男もついに盾を砕かれ次の攻撃を防ぎきれない様子だった。


「「アイスショッット」!!」


 ジルと呼ばれた男に攻撃しようとしているフォレストベアーの頭に「アイスショッット」を打ち込む。フォレストベアーは石頭らしくダメージはあまりなさそうだが一瞬気をそらすことに成功する。


「……フッ!!」


 俺はフォレストベアーの振り下ろした腕を切り落とし、魔法の袋から適当に盾を取り出しジルに投げつける。


「!?助かる!!」


 ジルは一瞬何が起こったのか把握できなかった様子だったが盾を見てすぐに状況を飲み込み盾をつかみ取る。


「貴方は!?」


 俺は近くにいた女性から順番に急いで傷を治していく。腕が折れた者、足が折れてた者などいたが最低限の治療だけをする。


「ありがとう!!待ってて!すぐに片付けてお礼をするから!!」


 一人の女性がそう言い立ち上がるとフォレストベアーに向けて「ウィンドカッター」を放つ、がフォレストベアーはそれを叩き落す。だがそこにできた隙をつきもう一人の女性が弓を放ち敵の目を潰す。苦しみ頭を下げたフォレストベアーの首をもう一人の男が勢よく切り落とす。ジルは一人でもう一匹を足止めしている。しばらくするともう一匹も難なく倒すことが出来た。


 見事な連携だ。恐らくパーティを組んで長いのだろう。全員が声を出す事無くしっかりと自分の役割をこなしお互いを信頼している。だからこそできる動きだったとも言える。


「ふぅー、本気で死ぬかと思った……」

「全くよ!!ジルったら無茶しすぎ!」

「でも本当に助かったわ。君、ありがとう」

「そうだ!!本当にありがとう!!助かったよ!」


 俺は被っていたフードを深く被り直すと首を横に振る。別に礼などいらない。というかなんで頑張ってこの人達を助けたのか自分でも分からなかった。俺はこんなことしている場合じゃないのに……。


「あれ?君可愛い顔してる!!もっとちゃんと見せて見せて!!」

「おいおい。やめとけよ。恥ずかしがり屋っぽいだろ?」

「そうよ!無理はいけないわ!!だからちゃんとお願いしましょう!顔みせてください!」

「いや、変わんねぇだろ……」


 出来れば今は誰ともかかわりたくないのだが。誰とも話したくないし、誰とも一緒にいたくない。


「まぁ先にこっちから挨拶しちまおう。俺はこのパーティ「赤き龍」のリーダー「ジル」!15歳だ」


 大きな盾と片手剣を持った青年ジル。


「次は私ね。アミよ、改めて助けてくれてありがとう。あ、年は皆同じね」


 紫の三角帽子紫のローブに木の杖を持った絵にかいたような魔導士の格好をしている。


「私はシャーロットよ。よろしく!」


 シャーロットは動きやすい軽装で弓矢を肩にかけている。


「最後は俺だな!俺の名前はジャック!騎士団長を目指しているんだ!」


 ジャックはいかにも騎士らしい鎧に身を纏った青年だ。


「……。俺はチャールズ。9歳」

「ええ!?男の子だったの?」

「女の子かと思った……」


 なんだか流れで名乗ってしまった。女性二人が近づいてきて頭を撫でようとしてくるがそれを一歩下がり避ける。


「あー……。残念。でもこんなところに一人で何してたの?」

「そうだな。ここは冒険者じゃないと入らないような森だ。危険だぞ?」

「でもさっきの動きは凄かったわ。それに「光魔法」も使うし」

「おっと、そう言えば盾ありがとうな」


 ジルから盾を返してもらい魔法の袋にしまう。


「え?やっぱりそれって魔法の袋なんだ。いいなぁ」

「それがあればどんなにクエストが楽になるか」

「でも高いのよねぇ」

「……なぁチャールズ。俺達の仲間にならないか?」

「は?」


 突然のジルの提案に皆が驚くが、3人もすぐに頷きこちらに期待の顔を見せる。


「勿論魔法の袋があったらいいなと言う打算もある。だがさっきの動き、それに「光魔法」の使い手は貴重だ。どうだ?こう見えて俺達はSランクの冒険者を目指しているんだ。まだDランクから抜け出せないがな」

「俺は、すまない。誰とも組む気はないんだ」

「そっか、振られちゃったね」

「えー!一緒に冒険しようよ!楽しいわよ!」

「まぁ無理に誘うわけにもいかねぇだろ。それぞれ皆事情があるだろうし」

「だな。なぁチャールズ。良かったらこのまま街まで一緒に行かないか?お礼もしたいし色々話も聞きたいしさ!」


 断りたかったが皆の期待の顔を見るとうまく言葉が見つからず、10秒ほどの沈黙の後とうとう首を縦に振ってしまった。


 その後は彼らの色々な話を一方的に聞きながら、先ほど倒したフォレストベアーなどの魔物を隠しておいた台車に乗せ街に向かう。


 どうやら彼らはフォレストベウルフ討伐に来たらしい。しかしいつの間にかフォレストベアーの縄張りに入ってしまい不意打ちを食らって連携が取れなくなってしまったようだ。


「いやぁ!!しかし大量だな今日は!これならランクが上がる日もそう遠くはないだろう!」

「何言ってるの。チャールズ君が来なかったら貴方死んでたじゃない」

「そうだよ。調子に乗るのは良くない。だけど今日は儲かっちゃった!」

「おいおい。ちゃんと分け前はチャールズにも払うんだからな。忘れるなよ?」

「えっと、俺はいらない」

「そうだねー!チャールズ君にも払った方がいいね。何しろ命の恩人だし」

「あ、いやだから」

「そうだぜ!!それで今日はうまいもん沢山食って飲もう!!フォレストベアーの肉と魔石を売れば結構な値段になるぜ!!」


 4人は完全にテンション上がってしまって俺の声が耳に入らないようだ。あまり話したくはなかったが無視されたらそれはそれで寂しいものだとなんだか悲しくなってきた。


「ところでチャールズ君も冒険者なの?」

「うん。Dランク」

「かー!!その年で俺たちと同じかよ!!やるなおい!」

「本当にすごいわ。まだ9歳なんでしょ?」

「まぁさっきの動きと「光魔法」の使い手なら納得だな。どこのパーティからも引っ張りだこだろ」

「どこの出身なんだ?俺たちは「クロス町」っていう小さな町の出身なんだ」

「因みにジルは子爵の跡継ぎなのよ?なのに家を飛び出しちゃって」

「本当だよ。本来なら今頃……チャールズ?どうした?怖い顔して」

「いや、何でもない」


 貴族の出と聞いて思わず殺気が漏れる。彼らは気づかずに会話を続けるが俺はあまり聞いてなかった。確かに良い貴族もいるのは分かっている。だが俺にはまだ全てを許せる気がしない。


「お?ついたぜ?あそこが今俺たちが拠点にしている「ピラ」の街だ」


 聞けばピラの街には多くの冒険者がいるらしい。ここは交易が盛んなそこそこ大きな街だ。さらに農業も盛んで食が楽しめるらしい。


「まずはギルドに行こうぜ!!」

「ふふ、一体いくらになる事やら」


 皆収入が増えることが嬉しくてたまらないようだ。俺はギルドで報告したら早くこの人達と別れたい。


「ああ?なんだジル!ついにそんな小さなお嬢ちゃんを仲間にしたのか!」

「ギャハハハハ貴族の坊ちゃんは嫁探しに勤しんでるらしい!!」


 ギルドに入ると酒場で酔っぱらった男たちが絡んできた。彼らは酒臭くかなり呑んでいることがわかる。


「そんなんじゃねーよ。と言うか飲みすぎだぜ?」

「ギャハハハハ!酒を楽しめるのは人生を楽しんでる証拠だぜ?」

「そうだぜ、おいジル。お前らが積んでるそのフォレストベアーは何だ?」

「あ?これは俺たちが倒したんだよ」

「嘘つけ!!それはCランククエストの魔物だぜ?お前達なんかが狩れるかよ?」

「嘘じゃねぇよ。まぁこのチャールズが助けてくれなかったらやばかったがな」

「あ?このガキがか?というかお嬢ちゃん、ここは冒険者ギルドだ。ガキの来るところじゃねぇよ」


 どこに行ってもこういった輩はいるものだ。これはどこの世界でも変わらない法則らしい。


「おい、無視してんじゃねぇよ!殺すぞコラ!」

「おい!!やめろ!!」


 スキンヘッドの男が俺を殴りつけようと拳を振るう。だが酒が入っているからかその拳の軌道は読みやすく軽くかわすと「ブースト」を使い男の背後にあるカウンターに着地する。


「は……?このガキ!!避けてんじゃねぇ!!」

「おい!!やめとけって!!」


 スキンヘッドの男は俺が攻撃を躱したことに腹を立て背中に背負っていた斧をこちらに振るう。流石に武器を取り出すとは思わなかったスキンヘッドの男の仲間は慌てて立ち上がり止めようとするが振り下ろされた斧が俺の脳天を割る方が速そうだ。


 だがそう簡単に死ぬつもりはないので「ブースト」を使い天井まで飛び上がり、回転しながら天井を蹴り男の脳天にかかと落としを放つ。


 これが見事に決まり男はゆっくりと大きな音をたてて大の字で倒れる。一瞬ギルドに静寂が訪れた後歓声が鳴り響く。


 ギルドでは基本的に腕が立つ者が好まれる。俺はこの瞬間このギルドの人達に気に入られたようだ。全く迷惑な話だ。


 スキンヘッドの男はそのまま仲間に運ばれてギルドを出ていく。


「……好き」

「は?」


 突然後ろから声をかけられたと思ったらギルドの受付嬢が胸に手を置いてこちらに熱いまなざしを向けている。


「可愛い。強い。好き」


 彼女が何を言ってるのかよく分からないが少し残念な人なんだろう。俺を見て唖然としているジルにさっさと手続きをするように促しその手続きを待つ。酒場ではさっきの騒動はなかったかのように皆酒を煽っていた。


 次に俺もここに来るまでに襲ってきたワーウルフの死体を魔法の袋から取り出すとそれを換金する。あまりいい値段はつかなかったが別にランクに興味はない。受付のお姉さんが色々俺について聞いてきたがすべて無視して手続きを終えると儲かり喜んでいるジル達を置いてすぐさまギルドから出る。


「おい!!待てコラ!!」


 仲間に肩を支えてもらいながら先ほどのスキンヘッドの男が武器を構えて俺の事を待っていたようだ。


「俺と決闘しろ。あのまま舐められたままじゃ冒険者の名折れだ」


 男の仲間は呆れながらこちらにすまなそうにしている。だったら止めろよな。


「……断る」

 

 俺の答えはその一言だけだった。

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