第8話 わたしの知らない彼

 優花さんの働く店を後にして、待つこと一時間。


 ここで待ち合わせるとなると大概の人がここを選ぶらしい、管理事務所のはす向かいにあるカフェの前。迂闊にも細かい待ち合わせ場所を決めていなかったので、「合流出来なかったらまた連絡すればいいか」くらいの気持ちでここで待っていたわたしの前に、今日なにがしかの用で呼び出した彼は姿を見せた。場所が公園の入り口のすぐ傍なので、当然といえばそうなのだけど。


 ――大丈夫、落ち着いてる。


 小さく深呼吸。最初三時間も先に来てしまったわたしほどではないが、待ち合わせより早く来た彼に小さく手を振って、


「おはよう生駒く――」

「――ったく姉貴のヤツ、何のために見に行かせたと思ってんだ。……つか、お前も三時間も早く来てんじゃねーよ。せめて五分前だろ」


 挨拶を、遮られた。えっと、あれ、聞き違いした?


 普段の彼とはかけ離れた言葉遣い、服装に困惑する。いや、なんだかんだ私服を見たのは初めてだし、着ているもの自体は白のダウンシャツにグレーのロングカーディガン、下は黒いスキニーパンツと概ね彼のイメージ通りではあるのだけれど、首元のボタンは二つまで開いているし、カーディガンは肘の辺りまでまくっていて、全体的に着崩している。


「えっと、生駒くん……だよ、ね?」

「あ? あー……まぁそうだ。一応な」


 ”一応”。なんだかさっきも聞いたような、曖昧な自己紹介。ここで「そうに決まってるだろ」とでも返してくれればこれが素なんだと納得も出来たのだけれど、こういう返し方をされてしまったら、首を傾げざるを得ない。


「ワケわかんねーってカオしてっけど……まぁいいや。どうせ今日はこの説明するために呼び出したんだしな。土曜の朝っぱらから」

「そ、そうなんだ……なんだ」


 どうやら告白のチャンスは今日中にはなさそうだ。少し残念。


 落胆と困惑でついぼーっとしてしまっていると、生駒くん(?)が心底呆れたような口調で口を開いた。


「どうせ朝飯まだなんだろ? 入るぞ」

「え、あ、うん」


 強烈な違和感。口調もそうだけど、いつもは極端なまでに受動的なのに、今日の彼は妙に能動的だ。優花さんにわたしが早く来すぎていないか見てくるように頼んだのは彼だし、実際わたしが居たことも連絡が行ってるだろうから、わたしがまだ食事を摂っていないことは予想がつくかもしれない。

 ……というか、よく考えたらどうしてわたしが時間より早く来ているのが分かっていて、放っておくならともかく優花さんに様子を見に行くよう頼んだのか分からない。


 けど、いくらここがこの辺りじゃイタリアンで有名なカフェの目の前でも、彼が自分から次の行動を決めるのは珍しい。むしろ初めての気がする。


 開店直後で他にはお客さんはいない。店員さんの案内で窓際、公園の噴水が見える席に座る。彼はメニューを受け取ると、軽く一瞥しただけでこちらに渡してきた。……ひょっとして、もう決まったのだろうか。

 普段は割と悩む方だけど、急かされている気がしてとりあえず目に留まったカルボナーラにする。わたしがそれを告げると、


「すみませーん」

「――!?」


 え、うそ、店員さんを呼んだ!? あの生駒くんが!?


「……いちいち驚くことじゃねーだろ、別に店員呼んだぐらい」

「いや、そうなんだけど……そうなんだけどっ……!」


 空いているからすぐに来た店員さんに、彼はわたしのカルボナーラと彼のミートソースを注文する。かしこまりました、と笑顔で去る店員さんを目で見送ると、一口水を飲んだ彼が口を開いた。


 その癖は優花さんおねえさんと同じ。大切なことを語り始める合図。


「まぁムダに前置きしてもしゃーないから、単刀直入に言うとだな」


 それは、彼の姉ですら知らなかった、彼の秘密。


「オレ――というか、お前のよく知る”生駒祐樹”って人間は、分かりやすく言うとこの”二重人格”ってヤツだ。そしてオレが、その副人格にあたる」

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