聖女だって暴れます
アランが転移した先は、レ・カンテ教会ではなく、どこか分からない道の途中だった。
「え? ここは……」
「っあーー!! やっと見つけたぞアラン!」
道の後ろから、ジルの叫び声が飛んでくる。
びっくして振り返ると、メルヴィナを認めたジルとエレーナもぎょっとして立ち止まった。
「え、お姫様!?」
「あ、はい。メルヴィナです」
「メルヴィナ様!」
エレーナに突撃される。なんとかその身体を受け止めると、彼女は心底ほっとしたように「よかった」と呟いた。
「さすがアラン様ですわ。いきなり消えたと思ったら、もうメルヴィナ様を救出されていたなんて」
「当然でございます。私はメルヴィナ様の騎士ですので」
「いや早すぎね!? つーかおっさんも消えたんだけど!」
話を聞くと、どうやらジルたちは、今からメルヴィナを救出すべく、王宮に向かっていたとのことだった。
よく分かりましたね、とメルヴィナが問えば、ジルとエレーナは微妙な顔をした。
「それよりさ、そのチビっ子二号、どっから拾ってきたの?」
ジルが指したのは、アランの背中に隠れていたネロだ。
よく分からないが、ジルとエレーナを見て震えている。
「あれ? つーかこいつ……魔族じゃん!」
「あらまあ、魔族ですわね」
ネロがびくぅと背筋を伸ばした。
「ネロ、どうしたの? そんなに怯えて」
メルヴィナが訊ねると、むしろなんで平気なの! と言いたそうな瞳とかち合った。
「お気になさらず、メルヴィナ様。これはただ、そちらの二人の魔力に怯えているだけですから」
「え?」
「ん?」
「まあ」
ジルとエレーナは、世界三国の中からの選り抜きだ。その二人の魔力は、魔族のナンバー5も恐れる量である。といっても、ネロが極端に怖がりであることも関係しているけれど。
「二人の魔力に? そうなの?」
「逆になんで君は平気なのっ」
「ネロ?」
「ひっ」
ネロは、今度は顔を真っ青にしてアランを見上げた。
「先ほどからメルヴィナ様に図々しいですね。そういえば思い出しました。なぜあなたは、メルヴィナ様とこんなに打ち解けているのでしょう?」
「あうっ、えっと、それは」
「ネロは私の恩人だからよ」
「ああああ! 言わないでやめて僕今日命日!!」
「? ネロは変なことばっかりね」
誰のせいだと!? と文句を言ったが最後。本気で今日が命日だ。
「つか、おい、なんでお姫様は、魔族とも仲が良いわけ……?」
ジルの目が遠くなる。
魔王とも仲が良くて魔族とも仲が良い聖女なんて、いまだかつて聞いたことがない。
「ふふ。では、お互い訊きたいこともあるでしょうし、少し休憩いたしません? ちょうどそこに、宿屋もあることですし」
エレーナが提案する。彼女もまた、魔族の登場に全く動揺を見せていない人間だ。
一行は、彼女の提案に乗ることにした。
「そんなことが……」
一行は、少し戻ったところにある村の宿屋で、個室を貸してもらっていた。
小さな木製テーブルを、メルヴィナ、ジル、エレーナの三人が囲っている。アランとネロは、端で控えるように立っていた。
事の次第を全て話したメルヴィナは、話し疲れた喉を潤すように、出されたお茶をごくりと飲む。
「マジかよ。おっさんが?」
「ヴァリオ様には、後で説明するよう言ってあるのですよね?」
「ええ」
メルヴィナが頷くと、
「後なんて生ぬるいですわ。今すぐ聞き出しましょう」
エレーナが術式を宙に書き始める。
ぽかんと見守っていたメルヴィナとジルをよそに、エレーナは術を完成させる。その中に自身の手を突っ込むと、何かを探すように奮闘した後、ぐいっと思いきり引っこ抜いた。
「いてっ。ちょ、なんだよこれ! 離せっての!」
「コスド様!?」
「あ?」
すると、そこから現れたのは、話題の中心ヴァリオである。
「は、メルヴィナちゃん!? それにエレーナ嬢、ジル……げっ、色男もいんじゃん! あー、俺、ちょっと今忙しくて……」
「逃がしませんわよ」
エレーナが仁王立ちで行き先を塞ぐ。
その鬼の表情を見て、ヴァリオは自分の死ぬ未来を想像したとか。
*
「――――と、いうわけだな」
全ての話が終わると、まず、アランが動いた。
「ではあなたは、そんなことのためにメルヴィナ様を危険に晒したというわけですね?」
その瞳には、もう隠す気もない金色の輝きが混じっている。
ヴァリオがごくりと息を呑む。
「はは……気のせいかと思ってたけど、やっぱ本物かよ……」
重すぎるプレッシャーが、ヴァリオの身体にのしかかる。
「アラン!」
しかしそれを、メルヴィナが止めた。
「落ち着きなさい。お願いだから、勝手に暴れないで」
でももう、アランも限界だったのだ。
「いいえ、それは聞けません」
「聞けないって……。あのね、私はあなたのことを思って……」
「っ、そんなことはどうでもいいのです! そんなことより、私はメルヴィナ様のほうが大切です。どうしてあなた様は、彼らを咎めないのですか!」
「どうしてって……」
「先ほどからメルヴィナ様は、彼らを許そうとばかりする! なぜ彼らを許すのです? そんな必要がどこに? 彼らは、あなた様の命を狙ったというのに!」
「違うわ。私の力を狙っただけよ」
「同じことです! 私からすれば、同じことです……っ」
「アラン……」
金色の美しい瞳が、悔しげに歪んでいる。
そうさせたのが自分だと思うと、メルヴィナの心臓がぎゅうと締めつけられた。
彼にだけ本音を言わせるのは、なんだかずるいと感じる。だから、メルヴィナも本音を言う。
「聞いて、アラン。私が彼らを許したのは、交換条件があるからよ。あのときもそう言ったでしょう?」
〝この場で起きたことを無かったことにするかわりに、アランとネロについても追求しない〟
「あなたの正体、もうみんなにバレちゃったわ。だってあなた、途中から隠す気もなかったでしょう?」
そっとアランの頬に触れる。するりと撫でて、その手を彼の目元へと持っていく。
「綺麗な金色ね。強い強いとは思ってたけど、まさか、あなたが魔王だったなんて……」
「メルヴィナ様……」
「ねえ、アラン。知ってる?」
「?」
「魔王は、人類の敵なんですって。倒されるべき悪で、倒すべき敵なの」
それはアランも知っている。
ずっとずっと遥か昔に、魔王は、初めて人間にそう呼ばれた。神から与えられた役目を全うしている男に、人間が浴びせた裏切りだった。
「だからね、あなたが魔王だって知られたら、あなたをそばに置けなくなるのよ」
「……え?」
「この意味、分かるわね? あなたの正体を、外に広めるわけにはいかない。だから許したのよ、私」
「メル、ヴィナ、さま? それは、つまり……」
期待で胸が疼く。
魔王と知ってなお、彼女は自分をそばに置いてくれる気があるのかと。
「そうよ。つまりね……―――つまり、あなたの正体がバレちゃわないようにアルマ=ニーアの国王を脅したのにっ、なんで今その瞳になってるのよこのおバカぁぁああ!!」
「うぐっ、メルヴィナ様、くるしっ」
「アランのバカバカ変態ッ! 人がどんな思いで一国の王を脅したと思ってんのよぉぉおお」
「わーッお姫様! ストップ! マジでストップ! アランが白目向いてるから!」
ジルに無理やり止められて、メルヴィナはようやくアランから手を離した。ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をする。
「だ、大丈夫か?」
気遣わしげにジルが声をかけた。
そのジルを、メルヴィナはギンッと睨む。
「クラウゼ様」
「な、なんすか」
「もういっそこうしましょう。みんなから今日の記憶を抜き取ればいいのですね。ちょっと気絶したらいけますよね?」
「いけないいけない! 目が怖いよ本気かな!?」
「でも、ギュンターヴ様を殴るのは気が引けますね……」
「俺にも引いて! その慈悲俺にもちょーだい!」
「あ、ちなみにコスド様は、問答無用で殴れます」
「わー、そんな予感はしてた」
もうカオスだ。メルヴィナも、一日で色々なことがありすぎて、たぶん疲れていたのだろう。
ヴァリオ曰く、始まりは、アルマ=ニーア王妃が亡くなったことだった。妻を愛しすぎていた国王は、なんとかして王妃を取り戻せないかと考えたのだ。
そのとき偶然見つけたのが、先代聖女の日記である。先代はアルマ=ニーア国民だったから、聖女の遺品はアルマ=ニーアが保管していた。
そして、その日記に、聖女の秘密について書いてあった。聖女が一度だけ、奇跡の力を使えると。死んだ人間を蘇らせることができるのだと。
それを知った翌日から、アルマ=ニーア国王は計画を立てていった。
しかし、一番の障害が、聖女がヴェステルにいるということだった。どうにかして聖女を外に出せないか。それも、自分に疑いのかからない方法で。
そうして実行されたのが、偽の魔王討伐隊作りである。
偽の勇者を見繕い、勇者が見つかったとして、三国から剣士と魔術師と神官が選ばれる。神官は適応者なしとされたが、剣士は脅しやすそうな男をねじ込めた。そうして剣士の弱味を人質に、隙を見て聖女を連れ去る計画だったのだ。
計画が狂ったのは、きっと、アランという得体の知れない神官が加わったときからだろう。
(色男から感じた恐怖に怖気づいてたら、結果も変わったのかねぇ)
ヴァリオは思う。
今、アルマ=ニーア王宮は大騒ぎだ。それもそうだろう。あの部屋が明るみになって、王妃の死が初めて露見したのだから。
ヴァリオも無理やりここに召喚されるまで、言い訳と後片付けに奔走していた。
でも、
(怖気づいてたら、きっとシャーロットは救えなかった)
アルマ=ニーア国王の目も、きっと覚めないままだった。
さすが聖女だ。彼女はシャーロットの中の瘴気を浄化し、魔術を無効化させた。そして、ヴァリオの真の狙いに気づいてくれた。
国王をたったひと言で止めた彼女は、まさに慈悲深い聖女そのものだった。
(ありがとうな、聖女様)
きっと彼女は、そう言われても喜ばないだろうけれど。
「クラウゼ様、何がお望みですか! 宝石、金銭、領地! なんでもお渡しします。それとも女ですか!?」
「ちょ、仮にも王女が〝女〟とか言うなよ! ていうかなんでこんな押しが強いの!? まるで酔っぱら――」
ジルはハッとした。
エレーナが、メルヴィナのグラスを手に取る。くんと中身を嗅げば。
「お酒ですわね、これ」
「オィィイイイイ!!! 誰だよ酒なんか持ってきた奴!!」
「クラウゼ様!」
「ちょ、まじ無理、ってうわ、乗っかってこないで!?」
「……ジル・クラウゼ」
「げ、アラン……。待て、話せば分かる。つーか見れば分かるよな!? 不可抗力! どう見てもこれはお姫様が――」
「問答無用!」
「なんで!?」
どんどん騒がしくなっていく彼らを、ヴァリオは「うわー」と気怠そうに見守った。
エレーナは相変わらずマイペースにお茶を飲んでいるし、ネロはアランにこってり絞られたのか、隅っこでぐすんと震えている。
(はは、ちょー帰りてぇ)
思ったが、決して口には出さない賢明さがヴァリオにもあった。
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