聖女の夫は誰ですか?
しかし、各々で食事を摂るとなると、メルヴィナは必然的にアランに世話を焼かれることになる。
色々なことでいっぱいいっぱいだったメルヴィナは、エレーナに先ほど言われたように頭を冷やすべく、アランに今夜の世話はいらないと固く言いつけた。というより、言うだけ言って逃げた。だから、アランがどんな反応だったのかは見ていない。
そして今、メルヴィナはエレーナが与えられた部屋で、彼女と一緒に食事を摂っている。
空気を読んだエレーナは、先に全ての料理を出してもらうと、給仕をしてくれていた者たちを全て部屋から出してしまった。
「それで、メルヴィナ様はわたくしに、どのようなお話がおありで?」
「……」
少しだけ気まずくて、メルヴィナは視線を下に向ける。
何か明確な話があってエレーナを誘ったわけではないのだが、今はアランと二人きりになるのが嫌だった。
だってまだ、心が落ち着いていない。
「あの、エレーナ様」
「はい」
二人とも、フォークとナイフを持つ手を止める。
「周りから見て、私はアランのことをどう思っているように感じられますか?」
正直、自分でもかなり直球なことを訊いてしまったな、とちょっと後悔したが、今さらもう遅い。口にした言葉は戻らない。
「そうですわね……」
少し思案する素振りを見せた後、エレーナは水を一口含むと、「まず」と言って続けた。
「メルヴィナ様がアラン様を頼りにしていることは、一目瞭然ですわ。あと、ときどき呆れたような目でアラン様を見ておられますけれど、なんだかんだ言って彼を慕っていることも、見ていれば分かりますわね」
「し、慕って……それは、どういう意味で、でしょうか」
まさか周りに自分の想いがだだ漏れだったのかと、冷や汗が流れそうだ。それでも極力それを悟られまいと、メルヴィナは表情を引き締めた。
「それはもちろん、人として、ですわ。アラン様も忠誠心を詰めに詰め込んだ瞳でメルヴィナ様を見つめておられますから、一見、お二人に主従以外の関係はないのだと思われます」
ですが、とエレーナが止めていた食事を再開すると、ナイフで切りわけた白身魚のポワレを口に運ぶ。
彼女が咀嚼している間、二人しかいないこの場には、妙な間が落ちる。それをやり過ごすため、メルヴィナは水の入ったグラスを傾けた。
咀嚼し終えたエレーナが、再び続きを口にする。
「ですがお二人が……いえ、わたくしが分かるのはメルヴィナ様だけですが。メルヴィナ様が、アラン様を男性として好いておられるというのは、一緒にいて分かったことですわ」
「ごほっ。エレーナ様っ? 今、なんと」
危うく、飲んでいた水を吹き出すところだった。
図星を突かれた心臓がやけにうるさい。
「あら、言ってはまずかったかしら? でもご安心くださいませ。メルヴィナ様のお気持ちに気づいているのは、わたくしとヴァリオ様くらいですわ。ジル様はどうでしょう……意外にあの方が一番飄々としておりますから、もしかすると気づいておられるかもしれませんわね」
「いえ、あの、その前に」
「ああ、だって、わたくしは同じ女ですもの。女の勘が働きましてよ。こう見えてもわたくし、夫がおりますので」
「お、夫!?」
「ええ。そこはご存知でなかったのですね」
ふふ、と楽しそうに笑うエレーナだが、まさかここで二重の衝撃を与えられるとは思ってもみなかった。
「わたくしも、夫といるときはメルヴィナ様のようになりますの。愛している人がそばにいると安心して、甘えたくなって、でもあの方がそばにいないと不安で、心配で、たまに嫉妬もしてしまいますのよ」
「エレーナ様が、ですか?」
「意外でしょう? よく言われますわ。わたくしは良くも悪くも、落ち着いているようですから」
そう言って、エレーナは今度は野菜のスープを口に含んだ。メルヴィナもパンを一口ちぎって咀嚼する。いつもなら、小麦の素朴な味わいを感じるはずなのに、残念ながら今はその微かな風味を味わう余裕はないらしい。
味のしないパンを、それでも努めてよく噛むことで、メルヴィナはその間に心を落ち着けようとする。エレーナはそんなメルヴィナを待っていてくれた。
「……エレーナ様、私は、分かりやすいのでしょうか」
ぽつりと零れた不安は、最近覚えたもので。
「どうしてそう思われるのです?」
「実は、クラウゼ様に訊かれたんです。アランのことをどう思っているのかと。つまり、そう訊きたくなる何かを私から感じ取ったから、クラウゼ様はそのような質問をしたということですよね?」
こんなことは誰にも相談できないと思っていたが、不思議とエレーナには訊けた。もしかするとそれは、同じ女性というだけでなく、彼女が自分の夫について話す姿を見たからかもしれない。
恋する乙女の顔を。
「私はこの想いを、誰よりもアランに知られるわけにはいかないのです。コスド様やエレーナ様、もしかするとクラウゼ様にまで勘づかれたということは、まさかアランにも……」
「メルヴィナ様。事情は存じ上げませんが、どうして知られたくないのです? 差し障りなければ教えてくださいませ。お力になれるかもしれませんわ」
その声が存外優しくて、メルヴィナは無意識にほっと息を吐き出していた。どうやら緊張していたらしい。無理もない。こんな突っ込んだ話、メルヴィナは誰ともしたことがなかったから。
それに、聖女である自分が、誰か一人を特別に愛するなど、あの王宮では許されなかった。
でも、ここなら。
「私が」
ここでなら、話してもいいだろうか。エレーナなら、受け止めてくれるような気がするから。
「私が、気づかれたくない理由は、自分がヴェステルの王女であり、聖女でもあることが関係しています。私には、すでに結婚相手が決まっているのです」
そう、王女という肩書きだけでなく、聖女という肩書きにも釣り合う、将来の夫がいる。
賢いエレーナはどうやら気づいたようだ。「まさか」と目を見開く彼女に、メルヴィナは苦笑を向けた。
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