互いを知りましょう


「では改めまして。わたくしはエレーナ・ギュンターヴと申しますわ。セトカナンにて王宮筆頭魔術師を務めております」

「え、王宮筆頭!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げた勇者ジルの口を、エレーナと名乗った〝世界一の魔術師〟は、鋭い眼差しでもって黙らせた。

 灰色の空が広がる、不穏な天気の下で開かれたお茶会中のことである――。




 一行は、対面式が終わると、次のパーティーまでの休憩時間に入った。

 各々適当に過ごすかと考えていたところ、メルヴィナから声をかけられる。「一緒にお茶しませんか」と。

 メルヴィナとしては、これから共に旅に出る仲間を知っておこうと考えての行動だった。だって、自己紹介すらまだだったから。

 王宮の誇る主庭園は、色とりどりの花が咲いている。その中にある一つのガゼボで、面々は顔を合わせていた。

 そつなく給仕をするのは、アランだ。彼はメルヴィナの騎士だが、それ以外の仕事も進んで請け負う。むしろやらせない。自分以外の人間には。手を出せば後が面倒くさいことになる。それはこの王宮の誰もが知っていることだった。

 ダージリンの格別な香りが全員に行き届いたとき、メルヴィナが口火を切る。


「初めまして。お集まりいただきありがとうございました。当代の聖女、メルヴィナ・リストークと申します。後ろに控えているのが私の護衛騎士、アランです。予定外とはいえ、彼も同行することになりましたので、共々よろしくお願いいたします」


 そこには、聖女という毛並みのいい猫をかぶった、完璧な淑女がいた。

 メルヴィナが丁寧に一礼すると、後ろに控えていたアランも主に倣って頭を下げる。

 ほうと、誰かが溜息をついた。完璧な聖女と、美しい従者。場は完全に二人に呑まれていた。

 それを打ちはらうように席を立ったのが、エレーナである。そうしてジルの驚く声へと繋がるわけだ。「え、王宮筆頭!?」

 いや、そもそもジルとしては、他にも気になっていることがある。というより、それが一番気になっていた。

 ――なんでこんなとこに、魔王本人がいるんだ?

 けれど、訊きたくても怖くて訊けないのが現状だ。それに、気づいているのはどうやら自分だけらしいとも、ジルはなんとなく分かっていた。


「ちなみに言っておきますけれど、わたくしはあなたよりも年上ですのよ、ジル様」

「「え?」」


 これには、ジルともう一人の仲間、剣士の男の声が重なる。


「あら、メルヴィナ様とその騎士様は驚かないんですのね?」


 紅茶に口をつけようとしていたメルヴィナは、応えるためにカップを置いて微笑んだ。


「はい、存じておりましたので」

「それくらい知らずして、どうしてメルヴィナ様の騎士と名乗れましょうか」


 訳の分からない答えを返すアランに、この場が少しだけ沈黙する。ツッコミどころが満載すぎて、逆に誰も何も言えなかった。

 その空気を壊すように、今度は剣士の男が名を名乗る。テーブルの上にあるお菓子をつまみながら。


「まあ、あれだな。エレーナ嬢の年齢は闇の中ってことで、次は俺な。俺はヴァリオ・コスド。一応アルマ=ニーアで第二騎士隊長を務めてる。ミステリアスなエレーナ嬢を除けば、たぶんこの中で一番年上なのは俺じゃねぇかな。嫌いなものはトチ狂ったジジイ、好きなものは初心な女ってことで、よろしく!」


 いや、よろしくじゃない。このときもまた、誰もが内心で突っ込んだ。なんとも癖の強そうなメンバーばかりである。


「では、これからこのメンバーで旅に出ることになりますので、お互い支え合って頑張りましょう」


 メルヴィナは、なんとかこの場を締めくくろうと、飼っている猫を最大限に利用する。素は完全に顔を引きつらせていたが、それを微塵も気づかせない。

 すると、ヴァリオが面白いものでも見つけたように片眉を上げた。


「へぇ、この程度ではか。結構頭のおかしい自己紹介だったと思うんだけどなぁ。でもいいね。逆に燃える。ってことでこれからよろしくね、メルヴィナちゃん」


 ヴァリオがへらりと笑った。

 仮にも王女であるメルヴィナをそう呼ぶ人間はいなかったので、メルヴィナは目を瞬かせる。メルヴィナとしてもヴァリオの反応は珍しい。

 つい凝視していたら、視界が人の手によって遮られた。黒い革手袋。アランの手だ。


「ヴァリオ・コスド様。おふざけも過ぎれば災いの元となりますよ」

「災いね。例えば?」

「死、というのはどうでしょう?」

「…………笑顔でぶっ飛んだこと言うね」


 ヴァリオの頬が引きつる。さすがのこれには、貼りつけた笑みも崩れるというもの。

 するとヴァリオは、視界の端でメルヴィナの笑顔も崩れたのを見た。「お」と思う。


「アラン、言うまでもなく、だめですからね」

「ですがメルヴィナ様、彼はあなた様のことを『あんた』と呼んだ挙句、敬称もなしにその御名を口にしました。それが許されるのはお父君と兄君を除けば、あなた様の夫となる者だけでございます。……まさかメルヴィナ様は、このような男が好みであると?」

「なんでそうなるの!? あなたの解釈は突飛過ぎるわ。頭が痛い」

「では、コスド様のことは何とも思っていないと断言できますか? 道端に捨てられたゴミほどにも? 街中に生えている雑草ほどにも?」

「それはちょっと酷いんじゃ……」

「メルヴィナ様?」

「……ええ、思ってないわ」

「そうですか。それならば安心いたしました。彼のような男は、メルヴィナ様にはふさわしくありませんからね」


 アランの輝く表情とは裏腹に、メルヴィナの顔は完全に疲れ切っている。この従者がこうなるのはいつものことだが、いつものことだからこそ、メルヴィナの猫は反応しない。思わずそのまま深い溜息を吐きそうになって、メルヴィナはようやく気づく。ここが、自分の部屋でないことに。


(や、やらかしたわ)


 完全に猫をかぶり忘れていた。思いきり素を曝け出してしまった。

 でも、メルヴィナは自覚している。素の自分が、人々の求める聖女とはかけ離れていることを。

 だから一等毛並みのいい猫を飼っていたはずなのに、アランのせいでその猫がそっぽを向いてしまった。

 どうしよう、と悩んでいると、ヴァリオがまたお菓子をひょいとつまんで言う。


「ま、なんでもいいさ。少しとはいえメルヴィナちゃんの素も見れたし、護衛が怖いことも分かったしな。うん、十分な収穫だ」

「いやどんな収穫だよ」


 ジルがすかさず突っ込む。


「この紅茶うまいな。俺おかわり」

「え、無視?」

「おかわりはご自分でどうぞ」

「アラン様、わたくしにもいただけるかしら?」

「少々お待ちくださいませ、ギュンターヴ様」

「おいおい、差別だぞ色男ぉ」

「みんなして俺のこと無視!?」


 目の前で繰り広げられる混沌とした光景に、メルヴィナの猫はぽかんと口を開ける。少しとはいえ、素を見られてしまったのだ。もっとこう、幻滅したとか、そういう反応があると思っていた。

 でも、実際はどうだろう。

 ヴァリオはマイペースにお菓子を頬張り続けているし、エレーナは優雅に紅茶を飲んでいる。ジルは無視されてふてくされているし、誰もメルヴィナに咎めるような目を向けてこない。

 びゅう、とひときわ強い風が吹き抜ける。それはまるで、メルヴィナの中にも新しい風を運んでくれるようで。

 カップを手に取る。心地いい風を感じながら飲む紅茶は、不思議といつもよりすっきりしていた。


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