S1 Episode10 美女と家畜

s1 ep10-1

 中野が地下生活を余儀なくされてる建物の二階と三階にある賃貸物件は、見た目だけなら単なる昭和レトロな2DKに過ぎない。

 しかし二階は押入れの中が階段になってる。三階はその階段の出入りができず、ほかのカラクリの存在も聞かされてはいないけど、ひょっとしたら秘密の何かがあるんじゃないのか。中野は常々、そう疑っていた。

 で、ある日の帰宅時、ふと思いついて二階じゃなく三階の部屋に入ったら、外界と繋がる全てのドアや窓がロックされて、ついでに押入れまでもが開かなくなってしまった。

 こんなことは初めてで、先週聞いたばかりの同居人の電話番号にかけてみたら早くも不通。

 が、まぁ部屋から出られないというだけなら、それほど慌てることでもないし、こんなときは足掻いたって仕方がない。

 中野は心を無にして和室の畳に仰向けに転がった──数秒後、そばに放り出してあったスマホが震えはじめた。

 引き寄せた画面には知らない番号が表示されていて、寝転がったまま通話ボタンをタップした途端、聞き慣れた声が飛んできた。

「あんた、三階で何やってんだ?」

「なんで三階にいるって知ってんの?」

 問いへの答えは室内のあちこちから聞こえてきた小さな金属音と、溜め息混じりのこんなセリフで返ってきた。

「ロックを解除したから、五分以内に出てくれ」

「ありがとう。でも、こういうトラップがあるんだったら教えといてほしいな」

「昨日、テスト的に設置したばっかりで言う暇がなかったんだ。まさか、こんなときにあんたがそこから入るとも思わねぇし」

「ところで、また電話番号変わった?」

「あぁ、ついさっきな」

 そこで電話は切れた。と思ったらすぐに再びかかってきて、今日は帰らないと言う。

「それくらいの用事はメッセンジャでもいいよ?」

「わかった」

「声が聞きたいなら、もちろんウェルカムだけど」

 早過ぎも遅過ぎもしないタイミングで、ただ無反応なまま通話は終了し、三度目はもうなかった。

 それでも、帰らない旨を報せるという習慣が着実に浸透しつつあるのは喜ばしいことだった。例え、実は坂上に食わせるための食材を買ってきちまってるとしても、だ。

 ──欲を言えば、もうちょっと連絡が早いと有り難いんだけどなぁ。

 地下に降りて冷凍庫に肉類を収納しながら、それにしても、と中野は考えた。

 一体、誰があんなセキュリティシステムを仕掛けてるんだろう?

 坂上は、駆使してはいても自ら構築している気配はなく、あくまでユーザに徹してるように見える。

 情報屋みたいな協力者がそちら方面にもいるのか、あるいはまさか、情報屋がシステム担当も兼ねてるのか。確かに、あらゆるシステムを自在に操る腕前があれば極秘情報の入手だって朝飯前だろう。つまり、兼任していたっておかしくはない。

 自分の留守中、坂上との生活の場という聖域にやってきて、建物のあちこちにセキュリティシステムをセッティングする筋肉質な酒屋。そんなものを想像してみた中野は、己の神経が間違いなくささくれるのを感じた。

 けど、だからこそ坂上は近所までクルマで送らせたんじゃないのか?

 屋上から見た光景が額の内側にフラッシュバックする。ここまで用心してるセーフハウスばりの棲処にも関わらず、無警戒に近寄らせることができるのは、既に来訪済みの相手だからなのか──

 スマホが震え出して我に返った。

 いけない。どうも最近、坂上のことになると己を見失う傾向がある。

 テーブルの上で振動を続ける端末を覗くと、さっき見たばかりの番号が表示されていた。なんと、二度あることは三度あった。

 取り上げて通話をオンにすると同時に、坂上の声が淡々とこう告げた。

「これから一旦、戻る」

「あれ、そうなんだ?」

「客が一緒だ」

「へぇ……何か食べるものとか用意しといたほうがいい?」

「必要ない」

 で、客って誰? そう問う前に電話は切れていた。

 まさか──脳内に、ついさっきそこを占拠していた天敵が太文字で浮かび上がり、嫌な予感に見舞われる。

 が、小一時間ほどで坂上に伴われてやってきたのは、幸いにも危惧した人物じゃなかった。

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