承ノ参 咸木エネミィ

 ◆◇◆◇◆




「━━じゃあなんだ、お前のそのケガは他校生にやられたのかよ!?」

「そこまで怒らなくても……」

「心配してんだよ! ……それ、警察沙汰だろ」

 俺の周りって、こんな友達思いな人いたっけ?

 なんつーか……こんなホワイトを見るのは、初めてな気がする。



「そもそも、そこに至った経緯が分からねぇな。そうなったのには、何かしら理由があんだろ? 人助けの為とか」

 ぎくっ。

 なんだか、やけに鋭いな。

 まずい……このままだとあの件が知れ渡ってしまう。

 ここは適当に誤魔化ごまかさなくては……。


「そ、そうなのか? べ別に理由なんて無いけどなぁ~! ハハハ……」

 やべぇー! 動揺しすぎてあからさますぎる演技になってもうた!


 まあどうせ、ホワイトの事だ。なんだかんだ言って結局はバカだ。

 どうか、バレないように祈ろう。


「なんだよ。心配しただけ無駄じゃんか」

 お。これは、上手くいったんじゃ……?

「確かに、お前がそんな事する訳ないよな! 期待して損したぜ!」

 そうだけど、言い方ってもんがあんだろ。どんだけ俺を過小評価してんだよ。


 とりあえず、一つの危機から逃れた訳だが……。

 まずいな。このままだと俺がつい口走ってしまう可能性が高い。

 誰か、この状況を切り抜けてくれる奴は……。


「これはこれはユーキにホワイト! 何してんの……うわっ!? 顔ヤバっ!」

 どいつもこいつも、上手く日本語を使えねぇのか!


「つーか、お前は……」



 一般的な男子高校生の身長である俺より少し小柄なこいつは、桐橙麻きりとうま

 クラスは一組と、俺達とはかなり離れているが、俺達三人は一年からの付き合いがある。


 なんというか……この三人の関係性については、触れないでおこう。

 できれば説明などしたくもないのだが、あえて分かりやすく述べるとするならば、俺が三人分いると解釈してくれれば構わない。


「大丈夫かよ、ユーキ? 大分派手にやったな……」

「ああ、ちと色々あってな。心配すんなよ。すぐ治る」

「へぇー……。そんな事より、二人とも!」

「そんな事より!?」

 切り替えが早いのは良いことだが、もう少し心配してくれよ!

 いやまあ、大丈夫って言ったのは俺だが!


 俺の話をすぐさま切り捨て、桐が出したのはとある雑誌だ。

 あ、勘違いするなよ? 決してその……いかがわしい物じゃない。

 ちゃんと、ゲームとかそこらの記事を主に掲載している有名な情報誌だからな!?


「なになに……? うおっ! マジかよ!」

「どれ。……おぉ」

 俺達が驚いているのには、もちろん理由がある。

「そうだ! 俺も最近知ったんだが……」

 桐が嬉しそうに指差すそのページには、一つのゲームの特集が組まれていた。


「超大手ゲーム会社『キコーヨー』の代表作『サクセス・ファンタジー』の、続編が発表されたんだ!」


 ━━サクセス・ファンタジー。略称『SF』。

 物語の舞台となる異世界都市で、剣士となったプレイヤーが世界を守るため奮闘するという、まあどこかありがちなストーリー設定だが、他には無い技術を駆使し、とてもやり応えのある作品になっている。

 その面白さは国境さえ越え、今では全世界で大ヒットした超大作である。

 今の所シリーズは『3』まであり、俺は一応全て揃えてある。

 正直、他と大して変わらないようにも思えるが、と言っても決してつまらない訳では無いので、時間の合間にやったりもする。


 その大人気ヒット作の続編が発売されるとなれば、翌日には店の前には大勢の人で溢れ返るだろう。ネットでも即完売、恐らく在庫は一時間もかからず切れる。


「こんなの……決まってるよな!?」

「ああ! しかねぇ!」

「もう、今からでも準備を済まさなければ!」


 そうだ。相手はあの大人気作。

 まず在庫は即効で無くなる。店も大行列間違いなし……ならば!


「「「今から泊まりで、ゲーム屋に蔓延はびこるぞ!」」」


 どんな無謀も、やぶさかではない!


「……教えてくれてありがとな、桐!」

「気にしなくていいって。それより、早くしないと授業に遅れちゃうぞ」

「っと、そうだな。それじゃあな、ホワイト、桐」

「おう、また後でな!」

「じゃねー。ユーキ」


 マジか……、SFの新作!

 やべぇ~! 今考えてるだけでもワクワクしてきた!

 絶っっっ対!! ゲットしてやるよ!



 ━━一限目の休み時間。

 そういや、最近あまり寝てないんだった。

 あいつらの件もあるしな……。このままだとSFの発売に間に合わない。

 よし! これから発売までの一週間、休み時間は必ず睡眠をとるようにしよう。

 それじゃあ、夢の国ミナキーランドに入場するとしますか…………、


「ユーウーキー……?」


 ハハッ↑! どうやら、一人の少女がやってきたみたいだね!

 ここは華麗にスルーを決めて、いち早く睡眠をとった方がいいと思うよ! ミナキーは!


「あ? んだようるせぇな。俺は今寝て……」

「………………ね、て?」

 ガバッ!

「あっ、ちょっと! なんでまた寝るのよ!」

 もうやだ! 今回は休ませてくれ!

 ここ最近のストレスは、海桜おまえから来てるということにいい加減気づきなさい!


「起ーきーなーさーいー! 水憑について、何か調べるんじゃないの?」

「………………っは!」

「アンタもしかして、忘れてたの……?」


 忘れてる訳じゃ無いんだけどな……。

 SFの話題のインパクトがでかすぎて、もはや忘れかけていたわ。

 そうだな。よしっ、ここは覚悟を決めて……


「寝るっ!」


「だから何でよ!? アンタ、水憑がどうなっても良いの?」

 海桜が必死に呼び掛ける。

「うーん。確かに、ただ事じゃないのは知ってるけどよ……」


 そもそも、論点がおかしい、

 それこそ俺はここ最近、青春についてばかり行動しているが、それはその……海桜の交換条件あっての事だ。そんな事が無ければ、たかがクラスメイトの為にいちいち優しくしてやらない。


「別に、今急がなくてもいずれ解決してやるんだから、良いだろうが」


「それじゃ、ダメなの!」


「…………何がダメなんだ?」

「お願い、ユーキ。確かに、私だけ何もできなくてユーキに迷惑かけてるのは分かってるの。だけど……、このままじゃ水憑が……っ!」

 涙目になってまで、懇願する海桜。正直、幼馴染のこんな姿を見るのは初めてだ。

 そこまで、青春の事を心配してんだろ……。よく伝わってくるよ。

 でもな、海桜……、


「違うんだ」

「何がよ。どうせ面倒くさいとか考えて……」



「━━俺達に今、何ができる?」



 その方法が無いから無駄なんだよ。

 俺は海桜にそう言い放った。


「……そ、それは……そうだけど……。で、でも! 何か一つくらいあるでしょ!?」

「ここで俺達が変に行動してみろ。必ず條原に情報が漏れる。するとどうなるか……もう分かんだろ」

「……じゃあ、このまま何もできずに終わっちゃうの?」

「大丈夫だ。これも作戦だよ」


 互いににらみ合い、こちらから動いたら負け。

 このジレンマから、抜け出す為の唯一の方法とは。


「━━……今の俺達が取れる最善手は、事だ」


「そんなっ! …………分かったわよ」

 ふぅ……。なんとか話が通じたか。


「でも」

 目尻に溜まった涙を拭い、海桜は言った。


「いつかは、水憑をあの悪夢から覚ましてくれるんだよね?」

「………………ああ。約束する」

「……本当?」

 心配そうな顔をした海桜が、俺に上目遣いで語りかける。

 その姿がやたらと可愛くて、胸が締め付けられる感覚になった。


「本当だよ。お前の幼馴染を信じろってな」

「それじゃあ……約束ね」

 海桜が小指を差し出す。

 二人の指が重なり合い、交差する。


 人生でに、指切りを交わした瞬間であった。

 ったく……。高校生なんだから、今さらこんな恥ずかしい事しなくてもいいだろうに。


「…………よ」

「ん? 何か言ったか?」

「だから! いつまで握ってんのよ! ちょっと痛いんだけど!」

「え? あ、ああ……。ごめん」

 感動のワンシーン、崩壊の瞬間であった。

 はあ……。ちょっとシリアスやると、すぐこれだ。やれやれ……。




 ━━現在時刻、一八時。

  帰宅途中の俺は一つ、忘れかけていた事を思い出した。

 いや、正確には思い出さされた、か。

 俺が今歩いている商店街。

 普段なら、道行く人で溢れ活気に満ちた通りとなっているのだが、今日はやけに人が少ない。

 否。


 人が━━不自然な程に


 俺以外、誰も。

 いや、この表現は少し誇張しすぎた。

 流石に一人はいる。いるんだが、いない。

 あ、決して日本語がおかしくなった訳じゃないからな! 今でもちゃんと、漢字検定二級は取れるくらいに国語は得意な方だから!


 ━━さて。

 そろそろ、この不自然さの原因を突き止めるとしよう。

 そこにいて、いないモノ。

 要するに、生体でも死体でも無い物。ここまでくれば、自ずと答えは見えてくる。

「危うく忘れかけてたぜ……」


「━━……何の用だ? …………ヒツネ」


 人間のいない商店街の路地で一人佇む少女━━ヒツネに、そう問うた。

「久しぶりー! ユーキ!」

「やたらハイテンションだな。ともあれ、会うのは二週間ぶりくらいか」

「そうだよー。ユーキったら、私が話しかけようとしてもいつも忙しそうなんだもん。いつ話しかければ良いか分からなかったよ」

「そうかそうか。分からなかったのか……」


 へぇー。そう…………、


「って、えぇえええ!? おま、ずっと見てたのか!?」

「あったり前でしょうが。私達からすれば、人間共の生活なんてスッケスケで見えるんだよ」

 つまり。俺はここ最近ずぅっっと、監視されていた、と。

 そう考えると、背筋に軽く悪寒を覚えた。


「それじゃあ、俺が何をしていてもバレバレ……?」

「うん。バレバレ。バレバレの見え見え」

「何をしていても?」

「何をしていても」

をしていても?」

「何が違うか分からないけど、多分そう」


 眼前の少女が、ストーカーレベルにつけ回してて困る。


 ━━閑話休題。


「んで? 今日は何しに来たワケ?」

「何よその反応。この間、ユーキが言ったんじゃん。『寂しくなったらいつでも来いって」

「んな━━」

 先を言おうとして、言葉を呑む。

 確かに、言っちゃってたな……。そんな事。


「要するに何? お前は今暇してて、今暇な俺に今だけ相手をしてほしくて、今ここにいるの?」

「すごいね……。一言の間に四つも『今』を入れてくるなんて。どれだけ強調したいのかな」

「俺は過去なんかより今を好む男だ。後も先も関係ねぇ。今を全力で生きるのさ」

 と、思ってもない言葉で格好つけてみたものの。俺は重大な事実に気づいてしまった。


 これ、話が一歩も進んで無いぞ……?


「よしそうか、なら話そう。いっそ話して夜を明かそう。それじゃあ、早速話題を提示してくれ」

「そうだね。ユーキ、よろしく!」

 何に対してのよろしく!?

「まさかお前、自分で振る話題とか無いのかよ」

「無いよ。ナッシング」

「そうか。なら今日の俺の学校での出来事を聞いてくれ」

「どうぞ」


 気づくと道端に一枚の座布団が敷かれていた。

 その前にヒツネがちょこんと正座をする。

「それでは、咸木亭結祈の馬鹿馬鹿しい話にお付き合いください」

 パチパチパチ……

 茶番とも言える演劇が始まった。


「えー……、今日の俺はなかなか風変わりした一日を過ごしたんだよ。つーかしてる」

 そして、背後で人形劇が進められる。

「まず、朝から変な夢を小一時間ほど見てだな。そのせいで学校に遅刻したんだが、そこに向かうまでが大変だったんだよ。幼馴染の頭がとち狂うわ、俺の自転車は大変な事になるわで、それは日常も自転車もメチャクチャだったんだ」


 眼前の少女から白目を向けられている気がするが、気にせず話を続ける。


「そんで風紀委員長に怒られるし、風紀委員長にボコられるし、寝ようとしても起こされるし、本当に今日の俺はどうなってんだよ!」

 怒りに任せて扇子を床へ叩きつける。

 そして深呼吸して、平静を取り戻す。

「……おあとがよろしいようで。以上が、異常な俺の一日にございます」

 終演を知らせるように、そっと幕が閉じる。


「━━……どうだヒツネ、少しは楽しめたろ?」

「全然面白くない」

「ぐはぁっ!」

「そもそも、短い。オチが無い。その上つまらない。こんなだったら、まだ魚のいない水槽を一日中眺めてた方が有意義だよ」

「ぐぼぇ!」


 ヒツネの一言一言が、刃となって突き刺さる。

 いや、流石にただの薄汚れた水よりはマシだろ!


 それからしばらく経ち、やがてヒツネが、

「ねぇ、ユーキ」

「ん? なんだ? 今度はどんな冗談を押し付けてくるんだ?」

 そう皮肉げに応えた俺の発言を平然と無視して、ヒツネが一言。


「━━ここら辺で一回、『想獣狩り』をしてみない?」


 ……こんな冗談かよぉおお!!

「ふざけんな! やるわけねぇだろ!」

「なんで~! 『想獣狩り』が、そんなに嫌?」

「い や だ ね! それとこれとは話が別だ! 大体、この前言っただろ! んなことしねぇって!」

「ぅう~……!」

 それから黙り込んだヒツネだが、数瞬の間を開けて、


「━━……青春水憑」


「は? 今お前、何て言った?」

「だから、青春水憑を救いたいんでしょ? だったら、なおさらこの仕事を引き受けた方が良いよ」

 よくわからん。

 というか、話の進め方が強引すぎる気がする。

 おい作者! この話を書いている時間が夜遅くだからといって、適当なシナリオを描くんじゃない!


 それはそれとして置いといて。

 俺は、目下の疑問を指摘する。


「ん~……。仮にその、想獣を倒したとして……、それと青春に何の関係があるんだ?」

「それは後で説明するよ。ほら、こうしてる間にもタイムリミットが近づいて来てるんだよ? 善は急げ。百聞は一見に如ずとは、よく言ったものだよ」

「わ、ちょっ……押すなよ」


 言われるがまま、手を取られ連行された俺だった。

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