承ノ壱 咸木エネミィ

 誰もが聞いたことのあることわざに、『灯台もと暗し』というものがある。


 夜を照らす灯台は、自分の周りには光が届かない事から、探し物は身近な所にあるという意味を持っている。


 しかしまあ、それと今俺が置かれている状況とは意味合いが少し違うのだが、それも物理的な『灯台もと暗し』なのだろう。


 敢えて、常識に囚われない考え方をしてみるのは良いかもしれない。

 俺の眼前に立つ━━探し物は。


 きっと、なのだ。



 ◆◇◆◇◆



「君は確か……九組の咸木くん、だっけ?」

「……そうだよ。よくご存じで」


 できるだけ、余裕を見せろ。


 ……緊張を植え付けろ━━。


 そう思いつつも、無意識に警戒してしまっている自分がいる。


「まあね。よく水憑に聞いてるから。で、そちらが白河さんだよね?」

「っ! そ、そうだけど……」

 どうやら、魂胆は同じらしい。

 だったら、少しでもこちらを優位に立たせなければ……。


「ぁもしかして、アンタが青春の彼氏サン?」

「━━、それがどうかしたの?」

「いいや? ただ、こんな時間に恋人そっちのけで、遠路はるばるご苦労様。と言いたいところだよ。……それで、俺達に何の用かな?」

「おっと、質問に質問で返してくるとは。君、案外非常識だなぁ」

「考えすぎだ。それに、何かあんだろ? 俺達の元へやって来た理由が」

「バレてるか……。なら、もういいや。本題に移ろう」

 刹那せつな、條原の眼が一段と暗くなる。


「君達と青春水憑の関係を、今ここで絶ち切ってほしいんだ」


 やっぱ、そうなるよな……。

「ユーキ……」

「……悪いが、それは無理な話だ」

「まあそうだろうと思ったよ。存外、君も分かっていただろうしね」

「なるほどぉ? 彼女思いの優しい彼氏サンだねぇ?」

「おやおや、まさか誉められるとは思わなかったよ」

「な訳ねぇだろが。皮肉も通じねぇのか鹿

「へぇー?」


「誰かの為なんて大義名分、とっとと捨て去れ。結局は自分の為だろうが。そんな奴に青春の恋人を名乗る資格なんてねぇよ」


「ユーキ……」

 これは挑発なんかじゃない。本心だ。

「てな訳で、どうぞそのまま後方へお体を向け前進してくださりますよう、お願い致しますぅ♪」

「待ってよ。その前に……」

「あ? っと、ぐっ!」


「━━話が通じないなら、こうしかないよね?」


 條原が拳を放つと同時、俺の頬に衝撃が走った。

 マジかよ、コイツ!

 まあ、そんな気はしてたけどな。そもそも、俺の目的は相手の理性を失わせる事だ。

「痛たた……何をするんだよ、君は」

「今なら誰も見てない。なら、何をしても良いだろう」

 何その理屈!? 流石さすがにそこまでは予想してなかったぞ!?

 まさか、こいつの口から『バレなきゃ犯罪じゃない』理論が飛び出すとは……。

 ━━だが。


「ちょっと、二人とも!」


 こんな光景、が黙ってる筈はずが無いよな。

「喧嘩はしないで! そこまでだよ!」

「いやぁ、ごめん青春。いきなりこの人が突っかかってきたからさ」

「なっ……!」


 何かを言いかけて、慌てて口を塞ふさぐ條原。

 そう。

 先に言っておくが、俺はあの二人の関係を信じていない。

 そして、もし本当に両思い、もしくはそうしなくてはいけない事情があるのなら、青春のいる前ではあの男は何もできない。


「だ、だめだよ條原くん。ユーキくんも、喧嘩は良くないよ」

「そうだね、ごめん青春。ごめん、條原くん」

「くっ……。べ、別に、喧嘩なんてしてないから大丈夫だよね!」

 さて、ここで追い討ちを加えておくか。

「で、なんで青春はここにいるの? もしかして、條原くんに会いに来たのかな?」

「そ、そういうわけじゃ無いよ! ただ、用があるだけ……」

 流石、誤魔化し下手。今もその実力は健在である。

 うわ! 顔、真っ赤! 元が白いから余計に赤く感じるな。


「ま、俺達はここで失礼するよ。……行くぞ、海桜」

「あっ……う、うん。またね、水憑」

「うん。また」


「「………………」」

 俺達は、お互いに作られた笑顔を浮かべ見つめあっていた。


「…………はぁ~!! 恐かった……」

「すごかったよユーキ! 尊敬しちゃった!」

「確かに、何もしてないお前の分まで俺が頑張ったからな」

「うぐっ」


 まあ、とりあえず。

 一戦目は、俺達の優勢で幕を閉じた、って所か。

 これから、どうなるのやら……。



「………………」



 ◆◇◆◇◆



「遅いぞ! 咸木、白河!」

「す、すみません……」


 ちくしょう、條原の奴め! おかげで、大事な大事な授業に遅れてしまったではないか!

 ━━と、言いたいのもやまやまなのだが、この案件はそこまで気にしていない。

 というか、別に誰も恨んではいないのだ。

 ではなぜ、授業に遅刻した俺が余裕なのかと言うと……


「あはは……ごめんなさい、私が彼を呼び止めてしまったんです」


 こっちには、とっておきの白河海桜きりふだがあるんだよなぁ。

「そ、そうか……? なら、今回だけは見逃してやろう」

 チョロっ! 教師ってそんなもんかよ!


「こ、今回だけだからな! 本当に今回だけだ!」

 そう言って、今まで何回見逃してんだよ。

 いやはや、流石さすが海桜だぜ! 美少女の力ってすげー!

 それじゃ、俺も早く席に……、

「待て、咸木。お前は別だ」



 …………………………は?



 教師の信じがたい発言に、思わず『…』を十回打ってしまったではないか。

 ちなみに、『…』は三個で一つだから、実質三十個打った事になる。それほど驚いたのだ。

 と、そんなどうでも良いことは置いといて……。


「な、なんでですか!」

「なんでですか! じゃない。白河には事情があるが、お前は別だと言っているんだ」

「いや、だからその事情は俺にも海桜にも同じ事で……」

「教師に口答えするんじゃない。とにかく、この時間は反省していろ」

 そして、俺は教室の外へつまみ出された。

「は? えぇ!? ちょっ……」


 バタンッ……。


 ドアの閉じる音が、廊下中に響き渡ると同時、俺は壮大な孤独感に見舞われた。

 このクソ教師! このご時世、罰で廊下に立たせるとか古すぎるんだよ! ……じゃなかった。

 なんで俺だけなんだよ! 海桜だって同じだろが!

 はぁ……。分かりましたよ。そうだよ。俺は美少女じゃないもんな。

 今この瞬間ほど、自分の性を恨んだ事は無い。

 もう、諦めて大人しくしていよう……。


 ━━美少女のりふじんってすげー……。とほほ……。


 その後、海桜の申し出であっさり教室に戻ることができ、再び世界の理不尽さを身に受けた俺は、あまりにも複雑すぎる謎の感情が芽生えた事に気がついたのだった。



「ユーキくん、じゃあね」

「おお、青春。……じゃあな」

「海桜もじゃあね」

「バイバーイ、水憑!」

 そう言って校門を出ていく青春を二人で見送ってから、


「……しかし、どうすっかな~……」


 結局、今日一日で全て片付ける事はできなかった。

 青春、もそうだが、あの條原が思ったより相当面倒くさい。

 こりゃ、一週間、いやそれ以上はかかるんじゃねえの……?

「私、水憑と縁を切るなんて、絶対に嫌だ」

「っ……そう、だよな」


 ダメだ。思考が頭の中でまとまらない。

 一度、考えを整理しよう。

 ━━まず、相手の情報から。


 條原賢人しのはらけんと。同じ学年で、二組では人気が高い方だということ。

 そして、青春水憑あおはるみづきと恋人関係だと自称している。

 ただ、今日の接触時のあいつから見るに、青春に近づいたのには必ず裏の目的がある。

 そしてその目的の内容は、恐らく自分に利益があること。青春にしかできない。というよりは、青春の様な人間か。要するに、本人が断りづらい目的だということ。

 もう一つは、━━青春が、誰にも頼れない内容だということ。

 この目的を果たす為に、條原は青春と接点を持った。

 しかしそれだと、新たな疑問ができてくる。

 なぜ、元は関係の無い二人が、その接点を持ったのか?

 二人は以前から知り合いという訳でも無さそうだし、あと考えられる可能性とすれば━━


「ちょっと、ユーキ!」

 唐突に声をかけられた俺が顔を上げた先に写ったのは━━


「……條原賢人」


「久しぶり、二人ともっ!」

 明るい口調で話してるつもりだが、分かってんだよ。

 ちっ。なんで今かねぇ?

「昼の話の続きだけどさ……」

 まだ答えが出てねぇってのに……、


「今日一日で、本能が告げたんだ。君は僕にとって驚異だ。そんな危険な芽は、早く刈らなくちゃね」

「その乏しい記憶力でさかのぼってみな。俺達がいつ、お前に手を出したよ?」

「確かに、私たちは何もしていないわね……」

「何を言っているんだよ。僕にとって君達は、存在自体が邪魔なんだよ」

「ちょっと、それはひどくね? 傷つくぞ」

「そんなに余裕でいられるのも今のうちだよ。いずれ君達には、度重なる不幸が待っている」

「へぇ。例えば何かな?」

 俺がそう問いかける。すると條原は、俺達の後ろを指差した。


「…………は?」


 後ろを向いた俺の視界に入ったのは、四人の男子生徒の姿だった。


 あれ? こいつら、どこかで……あ!!

 この前、駅前で俺に絡んできた不良生徒達じゃねぇか!

「よお。咸木結祈。久しぶりだな」

 ヒィィィィ!!


「お、この子って、白河海桜じゃね?」

「マジだ! めっちゃ可愛いじゃん!」

 そうだ! 海桜がいればこいつらなんてチョロいチョロい……、

「あ、あの……その、やめてください」

「うおっ、嫌がる顔も可愛いな。よし、ヤっちまえ!」


 ぴゃああああああ!!


 お前ら、なんなの?

 不良で変態でドSとか、属性重ねすぎだろ!

「さあて、まずはこの子からいくかぁ!」

「いや、こいつを先に片付ければ、邪魔者はいなくなんだろ」


 俺が先に死ぬか、海桜に手を出されるか。

 どちらにせよ、待っているのは地獄だ。


「……海桜、逃げるぞ」


 俺は海桜にそうささやいて手を取り、全速力で駆け出した。


「あっ! おいコラ、待ちやがれ!」

 ギャアアア!! 全員追いかけてきやがった!

「ユーキ……ッ!」

「振り向くんじゃねぇ! 前へ走れ!」

 クソッ……。逃げたは良いが、この後どうする?

 このまま永遠に走り続ける事はできない。いずれあいつらに捕まる。


 だが、しかしだ。


 それは相手も同じ事━━つまり、俺達が今とるべき最善の行動は。


「えっ、ちょ、どこ行くのよ!?」

「クソッ、あいつら!」


 馬鹿なねずみ共に、いたちごっこを仕掛ければいいのだ。

 ちなみに、俺達と不良達の現在地は住宅地の道路を一本挟んだところだ。じきに見つかるだろう。

 それに合わせて俺達が場所を変えていけば良いだけの事━━!!


「海桜、こっちだ!……って、ホワイト?」

「んー? お、ユーキに白河さんじゃないか」

「ほ、ホワイトくん!? どうしてここに……」

「いや、なんか急に生徒会の集まりが入って帰りが遅れたんだ。マジでねぇわチクショー」


 ホワイトは舌を打ち鳴らしながら言う。

 そうか。ホワイトって、生徒会で書記を務めてるんだった……。

「そりゃ大変だな。んじゃ、また明日な」

「おう。白河さんもさいなら」

「うん。じゃあね」


 はっ! そういえば不良達は……

「━━ちょいとちょいと」

 いきなり、何者かの手が俺の肩に置かれる。

 あれ? なんだ、このデジャヴ……?

「やっと見つけたぜ。クソが」

「…………ぎ」



「ぎぃやぁあああ!!」

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