第2話 名前

 連れられて街に着いた時にはすっかり日は落ちて2つの月が出ている。

 どうやらここは異世界らしい。


 街中には子供の頃にハマったRPGに出てくる様々な種族が行き交っていて。

 少し前を歩く彼女はオーガといったところか。

 記憶にあるオーガは筋骨隆々の大鬼のイメージだが。

 すると彼女が賑やかな声が漏れてくる大きなログハウスのような建物に入っていく。


 看板が有るけれど読めるわけもなく視線を感じて慌てて彼女のあとに続くと賑やかな声がしていた洋風居酒屋のような店内が水を打ったかのように静かになり空いているテーブルに座らされた。

 その後、彼女が大きめの木のボールに入った食べ物を持ってきてくれたが突き刺さるような視線が痛すぎて味など分からず。

 食べ終わると手を引かれ二階に連れて行かれ奥の部屋に入れられた。


 部屋の広さは6畳くらいでベッドに簡素な洋服掛けがあるだけの簡素なビジネス ホテルの様だがログハウスの部屋なので趣があるというか。

 この世界ではこれがスタンダードなのかもしれない。

 ノックする音が聞こえドアから木桶とタオルのような布を渡されたのでこれで体を拭いて寝ろと言うことなのだろうと解釈する。

 服を脱いで体を拭いてからベッドに体を投げ出すといつの間にか睡魔に襲われていた。



 翌朝、ノックの音がしたのでドアを開けると昨夜の彼女が階段を降りていくので慌てて部屋を飛び出す。

 店を出るとそこはファンタジーの世界だった。

 石造りの建物や木造家屋が立ち並び朝から賑わっている。

 Tシャツの様な服や紐や帯で上着を纏っているのでボタンなどは無いのだろうか。

 どの服も簡易的に見えるのは仕事柄だろう。

 色々な着こなしをしているのでお洒落には気を使っているようだ。

 そして彼女に連れてこられたのは3階建の大きな石造りの建物の前、ゲームで言えばギルド的な建物なのだろう。

 建物に一歩踏み込むと中は大きなホールになっていて木製のテーブルと椅子がいくつも有り色々な種族が入り混じり何かを話していて。

 壁には掲示板があり依頼書のようなものが何枚も張り付けられている。

 彼女の方に視線を戻すと受付のような長いカウンターの窓口の一つで獣耳の女の人と何かを言い合っていてカウンターを叩き付けるようにしてこちらに向かってきた。

 その顔は苦虫を噛み潰したような表情で。

 生まれて初めて壁ドンされてしまった。

 流石に覚悟を決めていたとは言え嫌な汗が頬を伝う。

 日本人の平均身長よりは少し高い俺の目線に彼女の鋭い視線が突き刺さり何かを喋っている。

 名前を聞いているのだろうか?

 俺の名前は確か緒方 陸だがこの世界で通用するのか?


「シノン・オルコット」

「トウリ・オルコット」


 彼女が自分を指差して名を告げて、俺を指差して呟いた。

 シノン・オルコットが彼女の名前でその後の名は俺?


「トウリ・オルコット?」


 取り敢えず確認のために指を差され言われた名前を口にして自分を指差すと口を塞がれてしまう。

 それも桜色をした彼女の柔らかい唇で。

 頭が真っ白になり腰砕けになりそうになると襟首を掴まれ力任せに引っ張られる。

 周りでは指笛を吹き鳴らし『良いぞ。兄ちゃん!』なんて囃し立てられって、あれ?

 言葉が理解できている事より。別の感覚が難解なパズルのピースが嵌った時と言えばいいだろうか。何かが確信に変わった気がする。


「こちらにお名前を。それと本当に宜しいのでしょうか?」


 シノンと話していた猫耳姿のギルドスタッフはアリーナさんと言うらしく彼女に問われたのは名前の件だ。

 異世界から来るパターンは2つあり、一つは転生して違う種族としてこの世界に来るパターンと俺のように元の姿のまま飛ばされてくるパターンがあるらしい。

 そして飛ばされてきた者の多くが前世の記憶や名前もと言うことだった。

 確かに憶えてはいるがシノンには何か考えがあるのだろう。それに蜘蛛やスライムの姿で転生しなかっただけで良かったと思う。

 シルバーの枠が付けられた薄いスマホのような物に名前をと言われたがスペルがよく分からずにシノンの顔を見ると呆れられてしまう。

 しかし、異世界に飛ばされて文字を書けと言われたら戸惑うのは当然で。

 特例中の特例ですよと言いながらアリーナさんが書こうとしたらシノンが奪い取るようにして書き込んでしまい俺もアリーナさんも驚いてシノンの顔を見ると微かに赤い気がする。


「それではこちらにトウリさんの血を一滴お願い致します」

「この上にですか?」

「はい」


 言われるがままスマホ風石版の上に血を垂らすと光を灯したかと思うと文字と数字が浮き上がってきた。

 アリーナさんが説明をと言っていたが私がするとシノンに腕を捕まれホール内の空いているテーブルに連れてこられた。

 こちらとしても聞きたいことがあったので助かる。


「どうして言葉が分かるようになったのか説明して欲しい」

「分かった。説明しよう」


 異世界から来たものは中央政府に連絡し手続きをするのだが野盗に襲われていたので緊急処置だと言われたが納得出来ずにスルーした。

 理由としてはボコられたが命に関わる案件では無いはずだ。

 言葉に関しては上位種族から名前を授けられると解るようになるとのことだった。


「それではあれは契約かなにかなのか?」

「…………」


 あれとは口づけのことだが今まで射抜くような瞳が僅かに揺れて口を噤んでしまった。

 昨日出会ったばかりの女性に婚姻とは聞けず眷属の様なものかと尋ねるとそうだと口籠るように答えた。

 そしてスマホみたいなものはステータスカードらしい。


「種族 ヒューマン(89%) ステータスは私がネームドにしたからヒューマンにしては多少高いだけ。スキルは役立つようなものは皆無だな。しいて言えばヒーリングかな」

「ヒューマンはなんとなく分かるけどパーセントって」

「魔族とヒューマンのハーフと言えば分かるだろ」

「ああ、そう言う事か」


 混血の比率と言うことだろう。

 だけど微妙に中途半端な気がするけど。


「それとノーネームと書かれた分からないステータスが一つある」

「分からないステータス?」


 シノンが指さす場所を見ると変わった文字のあとにマイナス記号のようなモノがある。

 バグのようなモノじゃないかと聞いたらそんな事が起きるはずがないと断言されてしまう。

 ゆくゆく分かるかもしれないのでスルー。

 それとヒーリングが妙に高いが使いすぎると俺のステータスでは危険だと言われる。


「成り行きで申し訳ないがあの部屋は使って構わない。腹が減ったら店で食べてくれ」

「いやいや、申し訳ないのは俺のほうだ。助けてくれただけでもありがたいのに。しばらくは厄介になるけどなるべく早く何とかするよ」


 何かできる仕事がないかとアリーナさんに聞くと家事系のスキルが高いのでそれを生かせばいいと言ってくれたが割はあまり良くないようだ。


「この世界に来るときにオラクルとかなかったのか?」

「オラクル、神のお告げか」

「元々、ヒューマンは少数民族だが異世界人は特別な力を持っている者が多く、ほとんどが冒険者として稼いでいる。まぁ、イレギュラーも」


 そのイレギュラーが俺なのだろうが神の力の1%って……

 誰も信じてもらえないだろしステータスカードの空欄がそうなのかもしれないけれど何のステータスかスキルかすら分からないのだから使いようがない。

 最後に私のことはルーザかクロと呼べと言われ。

店に戻ってきた。

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