第二章 13

 二二三五年、一月。


 新年の到来など、二体にとっては露ほども関係のないことだった。夫婦は第三階層の内装作業を終え、第四階層の居住区の掘削に着手していた。語り合うべきことがなくなった二体は、長年連れ添った夫婦のように、黙々と作業に勤しんだ。

 一ヵ月半後、夫婦は早くも第四階層の掘削を完了した。二度の掘削を経験したことで、さらに効率よく作業できるようになった二体は、これまでよりも早く掘削作業を終えることができるようになっていた。夫婦は、速やかに第四階層の内装作業へと移行した。妻にとって、居住区の仕上げ作業は特別な意味を持っていた。居住区は、これから生産する新生ロシア人が生活を営む場所であり、ベロボーグ計画の重要段階である子育てをする場であり、彼女にとっての主戦場だからだ。

 妻は積極的に細部のデザインに言及し、夫はそれに賛同しながら作業を進める。夫婦は掘削して出た岩くずを工場で凝縮加工して深成岩の花崗かこう閃緑せんりょく岩として復元したり、岩くずに含まれる無色鉱物と有色鉱物を分離して白色と黒色の石材を作り出すなどして、それらを建材や家具として利用した。それは夫の発案によるものだった。彼は掘削している最中に、岩石の色合いは人間にとって美しいものなのではないかと思い立ち、データベースを検索して内装用石材という文化を知って、内装に導入したのだった。あらゆる戦場を巡って市街地戦闘を経験し、あらゆる建築物を目の当たりにしてきた、彼ならではの発見だった。その工夫は、思いのほか良い結果に繋がった。五十センチ四方の白と黒の正方形パネルを交互に並べて描き出したチェック模様の床は、内装資料に記載されていた高級店のような雰囲気を醸し出し、さらに、壁の全面に白色石材を使うことで暗さを払拭し、二十二世紀に流行したイノセント様式に似た風情を感じさせる内装を実現した。白色石材の壁を縁取る一センチ幅のまだら模様の花崗閃緑岩は、ごく僅かに混ざり込んでいる微細なガラス成分が明かりを反射して、きらきらと光って美しく見えるので、妻は何度も前後左右に反復移動して、その小さな輝きを何度も観察するのだった。家具のほとんどはセルロース製なのだが、食堂のテーブルだけは特別製となった。食卓は白色石材を使って作られ、花崗閃緑岩で縁取りをして、それを透明樹脂素材で包むことで安全性を確保した。床も同様にコーティングして滑りにくくすることで、転倒を防ぐ工夫がなされている。これにより、夫婦は格調高い生活空間を構築することに成功した。

 いずれ生産される新生ロシア人たちも、さぞ喜ぶことだろう。夫婦はそのように思考しつつ内装の細部を仕上げながら、三歳児に食事をさせる様子をコンピュータ上で模擬訓練し、未来に備えるのだった。

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