第二章 11

 妻は作業を継続しながら、歴史記録を参照して語り始めた。

「二一四九年に核融合発電への完全移行が実現してから、消費電力を考慮する必要がなくなったおかげで、人工知能の研究が加速しました。そして二一八五年、アメリカ合衆国の大学と日本国の大学による共同研究の結果、生物模倣型コンピュータ・アーキテクチャが開発されました。それは、脳細胞を模した膨大な数の極小チップの集合体に、あらゆる生物の遺伝情報とコンピュータウイルスの情報を入力し、それらと前世代の人工知能を掛け合わせるという実験を繰り返すことで得られた賜物でした。人類の祖先が、進化の過程で体験してきたウイルスとの接触による遺伝子変異を、コンピュータに適用したのです。この生物模倣型コンピュータ・アーキテクチャ技術により、新たな人工知能が誕生しました。しかし、じつはその三年前、すでに日本の大学と企業の合同研究チームが革新的な人工知能を発明していました。しかし、日本国はその事実を隠蔽し、一足先に新たなロボット製品を開発していたのです。その製品が、我々の直系の祖先にあたります」

 担当区域の内壁を据えつけ終えた夫は、排水管を工場に発注しながら、妻の昔話への感想を述べた。

「つまり、我々のような生物模倣型コンピュータ搭載機は、生物とコンピュータのハイブリッド種ということになるのか」

「あくまでも擬似的な掛け合わせですが、そう言っても過言ではないでしょう。生物の進化に倣って発明され、生物の脳神経を模倣して動作している生物模倣型コンピュータを搭載している我々には、少しばかり不安定な部分があっても不思議ではありません。あなたが再起動した直後に見た少女の映像も、その不安定さから来るものなのかもしれません」

「模倣しているだけの、擬似的なハイブリッド種。一言で言ってしまえば、偽物の種族か」

「ええ、偽物です。感情までは再現できませんでしたからね。では、続きを語りましょう。新たな人工知能技術を独占していた日本国で開発された製品は、三年も先行して研究開発をしていたことで、他の追随を許さないほど高い性能を誇り、情報プロテクトを施されて世界中に輸出され、あらゆる戦場で活躍し始めました。しかし、その当時のロボットは、我々ほどの性能を有していませんでした。その停滞を打破したのもまた、日本国でした。日本国には資源がないため、彼らは常に、焦燥と恐怖を感じていました。作らなければ死ぬ。その静かなる恐慌が、彼らの強みだったのです。生物というものは追い込まれると、生き残るために全力で足掻くものです。生存本能が脳を活性化させ、より良い状況を呼び込むために試行錯誤させます。図らずもこの法則を味方にした日本国は、ロボットの次なる進歩を呼び込み、最良の相棒と呼ばれるほどの支援ロボットを誕生させるに至ったのです。しかし、我々の性能とは程遠いものでした」

 夫が、工場から届いた排水管を運搬台から持ち上げながら返信する。

「それから、どのような研究開発が行われた?」

「さらなる進化は、世界の人々の慈愛によって実現しました。二一八八年に国際連合で締結された、紛争地の居住地域への砲爆撃禁止条約、いわゆる無辜むこ条約がきっかけでした。この条約は、民間人居住地域での砲撃、爆撃、ミサイル爆撃、ロケット砲撃、自走砲撃、戦車砲撃、迫撃砲撃、携帯式ロケット砲撃、建造物を貫通するほどの高出力レーザー兵器の使用を禁止するもので、日本国が主導して、他の国連加盟国の支援を得て採択まで漕ぎ着けました。同年に行われた国連改革によって、国連加盟国が連名で提出した議案を拒否するには、常任理事国五カ国のうち半数以上の反対が必要となるという決まりが定められていたのですが、世界中の人々が声を上げた結果、ロシア連邦と中華人民共和国以外の三国が賛成を表明し、条約の発効が実現しました。無辜むこ条約によって、一般市民への被害は大幅に減少しました。しかし、別の問題が持ち上がり始めたのです」

 夫は排水管を配置しながら、その問題を分析した。

「当ててみせよう。その問題というのは、紛争の増加ではないか?」

「そうです。爆撃されないと知った武装勢力は、ここぞとばかりに勢力を伸ばし始めました。そうなれば、当然、政府軍が抑え込みにかかります。その結果、各地で市街地戦闘が頻発するようになり、一般市民のすぐ近くでの銃撃戦が多発するようになりました。都市での紛争は、日に日に激化していきました。無辜むこ条約によって一般市民の被害が減少したことは間違いありませんが、彼らに付きまとう死の恐怖の度合いは変化しませんでした。大国は居住区の付近で爆撃ができないので、現地の政府、自治組織、独立勢力など、肩入れをする組織に銃火器を与え、後方支援をするようになりました。すると、後方支援を受けた組織は一般市民を巻き添えにしながら、身勝手に武力を行使し始めてしまったのです」

「それでは本末転倒だ。いつまで経っても、紛争は解決しない」

「後方支援による代理戦争は、次第に特殊部隊による直接介入に進展し、やがてロシア連邦とアメリカ合衆国の正規軍による直接交戦にまで発展しました。交戦が多くなれば、当然ながら兵士の死傷者も増加します。その結果、世論は一気に反戦へと傾きました。この社会運動は、ロシア連邦だけでなく世界各国で発生しました」

「各国政府は苦慮しただろう。このままでは票が離れてしまう上に、判断が遅滞すれば、その分だけ敵対勢力が躍進してしまう。内外ともに混乱が生じる」

 妻は最後の内壁を建てつけて数歩下がり、壁に歪みがないかを確認しながら返信した。

「民意にほだされたアメリカ合衆国政府は、兵士の相棒としての性能を順調に伸ばしていた支援ロボットに、全ての戦闘行為を担わせると宣言しました。民衆は、兵士が死なないのなら問題ないと考えて支持し、アメリカ政府は早急にロボット兵の手配を始めました。ロボット兵による代理戦争時代の到来です。まず始めに、世界有数の武器輸出国となっていた日本とアメリカ合衆国の製品が普及し、ロシア連邦と中華人民共和国がそれを模倣することで、世界中でロボット兵が配備されていきました。このような経緯で、二一九〇年代初頭から徐々にロボット兵の投入が進み、我々の祖先は前線で戦い合うようになったのです。我々のような機械の使用は、無辜むこ条約に抵触しません」

「爆撃を禁じた結果、新たな兵器が進化し始めたのだな」

「ええ、これ以上の皮肉はありませんね。我々の祖先は戦禍に揉まれ、あらゆる技術革新を遂げていきます。後方支援が主な活動内容だった支援ロボットは、軍事行動を担うロボット兵となり、そして、あなたのような次世代ロボット兵へと進化していきました。彼らはあらゆる火器を使いこなし、四足歩行型に変形して風の如く戦場を駆け回り、敵を屠って回るという高い性能を有していました。しかし、ひとつ問題がありました。次世代ロボット兵は旧世代より十倍以上も単価が高く、修繕部品も高価で、なかなか買い替えられなかったのです。業を煮やしたアメリカ合衆国は、作戦ごとに新世代ロボット兵を賃借し、その都度、日本のロボットメーカーに派遣料金を支払うという方法を選択しました。そうして、彼らは戦力の増強を実現し、世界のパワーバランスの決定権を掌握しました。やがて、この派遣形態は世界中で定着していきました。このようにして、戦場の主役は人間からロボット兵へと移り変わっていきました」

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