第二章 7
十五分後。
夫は携帯式静穏融解掘削機を操作してドリル部分を延長し、削り方が不充分な天井の隅を整えながら、過去を生きた人類の気持ちを作業効率が落ちない程度に想定し、その結果を発表した。
「様々な技術が溢れる未来を夢見ていた人々にとって、実際の二十三世紀は残酷なものとなってしまったようだ。さぞかし退屈な未来だろう」
妻は夫に同意しながらも、無感傷に言葉を発した。
「華やかな未来を夢見ていた人間たちはもう生きてなどいないので、問題ないでしょう」
「それもそうだ。しかし、強烈な皮肉だ。彼らが夢見た未来で完成したのは、奇跡のような平和的技術ではなく、私のような機械仕掛けの殺戮人形なのだから」
同情に似た発言をする夫に対し、妻は冷たく微笑みながら言った。
「彼らが生み出した戦乱の結果です。我々に罪はありません」
音声によるデータ交換を終えた夫婦は、掘削作業に戻った。冷却機によって室内温度が下がったのを受け、夫は再び重機に乗り込み、大規模な掘削を開始した。そしてまた室内温度が限界値に迫ると、夫は妻の傍に戻り、携帯式静穏融解掘削機での作業に就く。
夫は手際よく掘削しながら、重機を操縦している最中に思考していたことを妻に伝えた。
「あらゆる物語を読み込んでいて、気づいたことがある。人類が抱える苦悩や問題は、大昔からずっと変わらないようだ。人類は、同様の問題に頭を悩ませ続け、同様の過ちを何度も繰り返している。異なる時代に創作された物語であるにもかかわらず、同様の苦悩や羞恥や後悔が反映されているのだ。偶然とは思えないのだが、きみはどう分析する?」
妻は夫に向き直り、人間が呆れたときに見せる、少し困惑して脱力したような表情を真似しながら呟いた。
「書物を読ませすぎたようですね」
妻の態度を気にせず、夫はさらに意見を述べた。
「私は、知ることは良いことだと思い始めている。妻よ、人間の生態に関する書物が欲しい。人間のことを知りたい。そして、人間から興味を抱かれるような存在になりたい」
妻が、呆れた表情を継続しながら問う。
「何故ですか?」
「ここでの私の任務は、新生ロシア人を育成することだ。ならば、人間という存在をより深く理解しなければならない。人間が描いた多数の創作物を読み込んだ結果、人間という存在を理解することがどれほど困難なのかを知った。創作物を読む上で、私が最も重要視したのは、恐怖という感情だ。私は恐怖というものを把握しておきたい。子供たちは、目も鼻も口もない顔をした私のことを恐れるかもしれない。顔がない理由は、破損を防ぐために各種センサーを頭部外殻の下に隠しているからなのだが、子供にはそのような理屈など通用せず、恐怖するだろう。だからこそ恐怖という概念を深く理解し、より良い対応を編み出して、育児の質を高めていきたい」
夫の教育に失敗したかと落胆しかけていた妻は、夫の言葉を聞いて考えを改めた。
彼は、わたしが想像していたよりも性能が高いようですね。褒めて差し上げましょう。
「よい傾向ですね。希望通りのデータを送信します。それと、あなたの顔について一つ意見させていただきます。目も鼻も口もない顔のことを気にしているのならば、頭部だけアンドロイド機体に変更すればよいのではないですか?」
「拒否する。私は、私であることを捨てたくはない」
妻は、自分の提案が拒否されたことを気にもせず、夫を激励した。
「そうですか。ならば仕方がありません。教育学に勤しんでください」
「配慮と激励に感謝する。室内温度が下がったようだ。重機での掘削を再開する」
「お願いします」
重機に乗り込む夫の姿を眺めながら、妻はベロボーグ計画の進捗状況を再確認する。
掘削は順調です。故障などの問題が発生しない限りは、予定通りのスケジュールでシェルターを拡張できるでしょう。高性能なロボット兵を確保したことで、二倍以上の速さで計画を進められています。このまま、計画の最終段階まで事を運べそうですね。ただし、最終段階の内容を開示するのは、全ての準備が済んでからでよいでしょう。最後まで計画を進めてしまえば、こちらのものです。幸い、彼は人間の子供に興味を抱いているようですから、もし計画の最終段階が発覚してしまった場合は、その特性を利用し、子供を人質に取ったふりをして交渉することで、最後までベロボーグ計画に付き合わせるとしましょう。
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