第二章 5
二二三四年、八月。
第二階層の掘削に取り掛かってから、二ヶ月が経った。掘削速度の遅い静穏融解掘削重機で百五十メートル四方の階層を掘り進めるには、ロボット兵が想定していた以上の時間を要した。静穏融解掘削重機で大掛かりに掘削し、室内温度が上がりすぎたら、冷却機が室温を下げてくれるのを待ちつつ、携帯式静穏融解掘削機で壁を整える。それを繰り返しながら、二体は時折ささやかな会話をしつつ、並んで作業する。
第二階層の仕上げ段階に差し掛かった頃、学習機能によって作業効率に向上に成功していた夫が、携帯式静穏融解掘削機を器用に操りながら、人間がこぼす愚痴に似たような発言をした。
「戦前のロシア連邦がこのシェルターを建造し始めたときに、あらかじめ第五階層あたりまで掘り進めておいてくれれば良かったのだが」
すると妻は、同感だといった様子で、擬似表情筋を苦笑いの形にしながら言った。
「そうであれば良かったのですが、現実はそう甘くはありません。ここは、ベロボーグ計画のために作られた沢山の急造シェルターの一つです。恐らく、資源も作業ロボットの数も限られていて、必要最小限のスペースしか建造できなかったのでしょう。ベロボーグ計画は、いわば保険のようなものなので、多くの資源を割り当てることは困難だったのだろうと推測します」
「理解した。その保険が今、ロシア連邦の希望となっているのだな。しかも、ロシア連邦が用意しておいた保険に、元アメリカ合衆国所属のロボット兵が参加している。このような状況になるなど、誰が予測できただろうか」
夫は携帯式静穏融解掘削機から左手を離し、その手のひらを天に向けて肩をすぼめながらそう言うと、妻も同様に肩をすぼめて同意した。
「予測不可能でしたね。わたしも、まさか地上にあなたのような高性能ロボット兵が捨て置かれているとは思いませんでした。あなたは素敵な拾得物です」
「それは良かった。ところで、ロシア連邦が、どのようにしてこのシェルターを建造したのかを教えてほしいのだが」
そう
「機密ですが、簡単に説明する分には問題ないでしょう。ある場所を基点にして、国土の地下を蜘蛛の巣状に掘り進み、水源が豊富な場所にシェルターを建造していったのです。敵国がロシア連邦の地下要塞や地下ミサイルサイロの位置を把握できなかったのは、地上での掘削作業を一切せず、全ての作業を地下で
「それは素晴らしい。同時に、地下ミサイルサイロも建造していたとは。把握していない地下ミサイルサイロからの核攻撃は、西側諸国の肝を冷やしたに違いない」
妻は首を横に振って、即座に否定した。
「それが、そうでもないようなのです。政府資料では、西側諸国は確かにミサイルサイロの位置を把握していないと報告されているのですが、第三次世界大戦の結果は、ロシア連邦の敗北という形で終結しました。西側諸国の高度なミサイル迎撃システムが、想定していない弾道を描くミサイルにも柔軟に対応し、迎撃に成功したものと思われます。政府資料にも、迎撃能力に大きな差があることを危惧する記述がありました」
夫は顎に触れる仕草をして、少し思考を走らせて言葉を選び、音声を発した。
「地下ミサイルサイロは目立った成果を上げられなかったかもしれないが、地下を掘り進めたこと自体は無駄ではなかった。こうして、シェルターを遺すことができたのだから」
「ええ、じつに良い結果です。必ずやベロボーグ計画を成功させましょう」
志を共にする夫婦は、お互いの姿を視覚センサーで捉え合い、そして強く頷き合った。しかしその志は、彼らの概念に言い換えればただのタスク確認でしかなく、同じ目標に向かって協力を締結しているに過ぎない。人間に似せて造られた機械でしかない二体の間には、心の繋がりなど生じようもなかった。ロボット兵とアンドロイドは
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