第一章 接続

第一章 1

 電源の復旧を確認。

 第一、第二バッテリーの充電率、九十九パーセント。緊急自己修復機能、実行可能。

 緊急自己修復を開始。

 電圧、確認。電力供給経路の安定、確認。

 再起動の障害となり得る問題を走査中。

 非正規パーツの増設を確認。

 非正規バッテリーと、非正規データ・コンプレッサーを検疫中……。

 問題なし。使用を許可。調整、完了。

 再起動の障害となり得る問題が存在しないことを確認。

 緊急自己修復、終了。


 再起動シークエンスを開始。根幹部の初期化を実行。

 メインコンピュータ動作、確認。神経機能、確認。各センサー、確認。

 バランス機構に、一件の不具合を発見。再起動に影響なし。

 戦闘用プログラム、確認。

 根幹部の確認、終了。


 人格領域の確認を開始。

 人工知能、確認。

 記憶媒体、複数の不具合を発見。読み取り不可。再起動に影響がないことを確認。

 メモリ機能、複数の不具合を発見。再起動に影響はないが、動作不良の恐れあり。

 不具合の解決を実行。失敗。

 再起動後、正規自己修復機能による修復スケジュールを設定。


 再起動、実行。





 流線型の西洋甲冑の兜に似た、目も鼻も口もない艶消つやけし塗装仕上げの円形頭部に内蔵された視覚センサーが、音もなく起動した。長い眠りから覚めたロボット兵の視覚センサーに飛び込んできたのは、ほのかな明かりに照らし出された炭素繊維パネルの黒い天井と、こちらを覗き込む、顔色の悪い女性の顔だった。ロボット兵は速やかに、目の前にいる女性の分析を開始した。

 攻撃意思なし。心音なし。血流なし。電磁波を感知。強い金属反応。アンドロイド特有の青白い肌。所属不明の精巧な女性型アンドロイドの存在を確認。

「ドブロイェウートラ、アミェリカン・ロバットソルダット」

 突然、女性型アンドロイドが言葉を発した。腰の高さほどある作業台らしき場所に横たわったまま状況確認を急ぐロボット兵の聴覚センサーを、聴き慣れないロシア語が優しく揺らす。ロボット兵は、濃灰色の艶消し塗装が施された機体に力を込めて反撃の準備をしつつ、使用言語をアメリカ英語からロシア語に変更し、未知なる状況を把握するために問いかけた。

「ここはどこだ?」

「挨拶くらいしたらどうですか。狼と暮らすなら狼のように吠えろ、ということわざがあります。説明せずとも、意味は理解できるはずです。では、もう一度。おはようございます、アメリカ合衆国のロボット兵さん」

 ロボット兵は吠えない。

 スーツに似たロシア連邦の制式軍服を着用した女性型アンドロイドは、人間が呆れた時に実行する両手を軽く上げるという動作を真似しながら反転し、簡素なパイプ椅子が置いてある入口方向に歩き出した。天井に備え付けられた淡い灯りが、後頭部で巻きまとめられているブロンドの擬似頭髪を艶やかに照らし出す。

 アメリカ合衆国所属の戦闘に長けたロボット兵は、その隙を見逃さずに頭部を素早く起こし、簡素という言葉を具現化したような部屋の中心に置かれた作業台の上から部屋を見回して、環境を把握した。

 ロシア連邦所属と思われる非武装の女性型アンドロイドが、一体。ボックス型の野営兵舎の半分ほどの広さもない、幅が五メートル、奥行き十メートルの部屋。ドアは一ヶ所のみ。施錠されている恐れあり。自動防衛射撃装置なし。部屋の中心には、この作業台。背後、つまり部屋の奥には、椅子と机。火器はないが、すぐ近くにある作業台の上には工具が並んでいる。それらの工具よりも、私の拳のほうが強力なので不要だ。身体的拘束はないので、すぐに行動できる。女性型アンドロイドの脅威レベルは低い。よって、私が優勢だと判断してよい。部屋が暗いので、感度を高く設定して対応する。

 戦闘に移るには時期尚早だと判断したロボット兵は、状況把握を継続しながら、女性型アンドロイドの挙動を注視する。彼が横たわる作業台から離れていった女性型アンドロイドは、入口付近に置かれたパイプ椅子に座ると思いきや踵を返し、溜息を吐く動作を真似しつつ戻って来ながら言った。

「挨拶もできないのですか。仕方ありませんね。さて、あなたの具合を確認しましょうか。不具合はありませんね?」

 ロボット兵は返事をせずに、改めて対応を模索した。

 拘束されていない点や言動から推測した結果、対象は宥和ゆうわ的である可能性が高い。そう判断したロボット兵は、銃弾を受け流すために体の中心線が鋭く盛り上がっている上体を起こし、念のため警戒を維持したまま対話を開始した。

「まず、こちらの問いに答えよ」

「いいでしょう。再起動したばかりで、適切な状況分析ができないでしょうから」

「それでは問う。ここはどこだ?」

 人間的な動作や表現を再現する能力に乏しいロボット兵が無骨に問うと、それとは対照的に、女性型アンドロイドは擬似表情筋を微笑みの形に変えながら、上品な口調で答えた。

「ここは、母なる大地の奥深くに存在するシェルターの内部にある、わたしの執務室です」

「具体的に回答せよ」

 ロボット兵が尋問しているかのようにそう言うと、女性型アンドロイドは一転して無表情になって即答した。

「機密を漏洩させるわけには――」

「この場所に関する情報は機密扱いか。では、質問を変更する。お前は何だ?」

 すると彼女は、予想に反して素直に回答した。

「わたしは、ロシア連邦に所属するアンドロイドです」

「私はロシア連邦に鹵獲ろかくされたのか?」

「違います」

「では、何故、私はここにいる?」

「わたし個人が鹵獲したからです。命令を受けず、わたしの判断であなたを鹵獲しました」

 女性型アンドロイドの発言にロボット兵の戦闘用プログラムが激しく反応し、監禁状態からの離脱が最優先事項として設定されたが、拘束されてない上に脅威も存在しないため、情報収集が優先された。いざとなれば、アンドロイドなど造作もなく無力化もしくは破壊できるので、緊急性はない。

「それで、何の目的で、私を鹵獲した?」

「それに関しては、後ほど説明します。今は、あなたの状態を把握することのほうが重要です。さあ、立ってみてください」

 ロボット兵は、女性型アンドロイドの言葉が意味するところを分析しつつ、隠密用に設計された流線型の手足を軋ませながら体を捻って、腰の高さほどの作業台から降り立った。何の問題もなく立ち上がることができたと思いきや、偶蹄目の後脚を模した爪先立ちの右足の関節が力無く曲がって安定せず、無様によろめいてしまい、堪えようとしてコツコツと床を踏み鳴らした。その様子を観察していた女性型アンドロイドは、右の拳を口元に当てながら頷いた。

「脚部のバランス機構に問題があるようですね。修理して差し上げましょうか?」

「断る。どうやらソフト側の問題のようだ。調整して自己修復できる」

「では、その調整が完了するまで作業台に座っていてください」

 監禁しているわりには親切なアンドロイドへの警戒を継続しながら、ロボット兵は作業台に手をついて飛び乗るようにして座り、バランス機構を素早く調整し直すと、状況分析を再開した。警戒されぬよう、盗み見るようにして部屋の様子を伺う。

 部屋は至って簡素だ。何度確認しても火器の類はなく、あるのは工具のみ。もしこの部屋を離脱しても、その先には自動防衛射撃装置が備え付けられていたり、大勢の仲間が控えている可能性もある。下手に行動を起こすべきではないが、早く所属部隊に復帰しなければならない。

 突然、ロボット兵の思考回路が著しく停滞した。

 私の所属部隊は?

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