第25話 不死身の男は如何に死なないのか
照明が落ち、薄ぼんやりとしか周囲の状況がわからない。
アナウンスが、「不死身とは人類の夢」云々言っている。
夢か……夢ね。
夢が現実になってしまっている僕に言わせてもらえば、夢は案外夢のままの方がいいということもある。現実になってしまった瞬間、急激に価値が下落するかもしれない。その辺りを目に焼き付けてもらえると幸いだ。
「それでは、失礼します」
気づけば背後に十字架のようなものが設置されていた。
僕はされるがままに両腕と両足を固定される。何だか最近縛られてばっかりだ。これがまといとかだったら、喜んで受け止めるんだけど。
けれど残念ながら、さっきからナイスとも言えないミドルばっかりだ。簡単に言うとおっさん。
そのままごろごろと真っ暗なステージの中央に連れて行かれる。荷物ってこんな気持ちで運ばれているんだなあ。
自分が段ボールになったつもりで寸劇を楽しんでいたけれど、それは強いスポットライトの照射によって邪魔される。
アナウンスが大きすぎてこちらからは聞こえ辛いけれど、どうやら僕のことを紹介しているみたいだ。
なんか拍手を送られた。とりあえず愛想笑いを返しておく。どうもー。
よく見ると疑わしそうな目を向けている人もいるみたいだ。ここからだと意外によく見える。
溢れんばかりの拍手が鳴り止むと、打って変わって観客の息を呑む声が聞こえた。
背後から金属を擦るような音が聞こえる。
刃物かな? 刃物は切れ味が悪いとめちゃくちゃ痛いから苦手なんだけど。と言いつつも、鈍器も薬も苦手だ。致命傷が好きな人って
ゆらりと団長が目の前にやってくる。手に持つのは三日月みたいな形をした、海賊なんかが持っていそうな剣だった。たしか、カトラスって言ったかな。
たしかに、サーカスにありそうな剣といえばそんな感じだ。
さあ、ここからは心を無にしないとちょっと耐えられそうにない。何かをやっている最中に怪我したなら、それに気が逸れるんだけど、ただ痛みを与えられるだけというのは恐ろしい。
ぼんやりと、痛覚から気をそらしてとりとめも無いことを考える。
と、その瞬間。
「――っ」
固定されていた右腕がだらんと垂れ下がる。案外切られた瞬間というのは何も感じない。
そこから数秒、僕にとっては数十分にも感じられるような時間の後、徐々に脳への危険信号が送られる。
痛いというよりは熱い。真っ赤になるまで熱した鉄の棒を当てられているようだ。なんて表現を聞いたことがあるけれどまさにそんな感じだ。
熱い。熱い。熱い。液体の飛び散る音が聞こえる。ああ、まあ、僕の血なんだけど。腕の先にもう一つ心臓が出来たみたいに脈打っている。
自分の心音にかき消され良く聞こえないけれど、客席からは悲鳴と、歓声が半分ずつ上がっているみたいだ。
それに応えるように、団長はカトラスを振りかぶる。
「がぼっ」
空気だけが排出される音に水音が混じる。
身動きが取りづらい。どうやらみぞおちに刺さったカトラスは、後ろの十字架まで貫通しているみたいだ。
みたいだ。というのも、全身が痛むせいでもはや自分が何をされているのかも、どんな表情をしているのかもわからなくなっているからだ。
まじで死ぬほど痛い。
鈍くなってしまった聴覚で微かにモーター音を聞く。
モーター音、なんだろう。扇風機? 芝刈り機だったらどうしよう。だめだ。考えが回らない。
真っ赤に染まる視界で辛うじて見えたのは、轟々とうなりを上げるチェーンソーだった。
なるほどな、それを使うんなら標本みたいに釘付けしないとやりづらいだろう。
もう遠ざかっているんだか近づいているんだかわからないモーター音が、脳の中で反響する。
ヴウウウウウウウウウン! と一際大きなうなり声を上げた後、チェーンソーは僕の上半身と下半身を切り離そうとしてくる。粘性のあるものを下品に混ぜっ返すような音が体内に響き渡る。
刃が腰椎に到達すると、頭蓋骨ごと脳を揺さぶられる。
ここまで来ると、いつものように体と脳が分離されたような感覚に陥る。
脳内では豪雨が降るように雑音まみれで、視界も安定しない。
僅かな視界で観客達を見る。これでもまだ喜んでいるのか。
不意に視界が動いた。
下半身の次は、胴体とも僕の首は別れを告げたのだろう。
散乱した足や手がピクピクと痙攣している。
手も足も、血に濡れていて嫌な感触だ。何度やってもこの感覚には慣れない。
今頃観客達はどう思っているのだろうか。
ここからあえて復活しなかったらどう思うのだろう。興ざめか、或いは急に罪悪感にとらわれ始めるのかもしれない。
僕が人間じゃないからこんなことが出来るのか。あくまでも自分とは違うから。
そこは否定できない。実際そうだし。
けれどやはりそうやって高いところから、自分は汚れないように見物されているのが気にくわない。
不死の人間が手に入ったからってこんなことをやろうとするなんて、こんなものが見たくなるなんて。全くなんて人たちだ。
腕を切り、腹を割き、胴体を分け、首を絶ち。
そんなことで悲鳴をあげ、または歓声を上げ、禁じられたものを見ているような気になるなんて。
――笑わせてくれる。
こんなくらいで不死の人間を見た気になっているなんて片腹痛い。
この程度で狂気に触れた気になっているなんておこがましい。
これが禁忌だと思っているなら
団長も、団員も、観客も、イってしまっていると思っていたけれど、いざ蓋を開けてみれば凡百の人間だった。普通の人間が、狂気に触れた気になっているだけだった。
なんだ、この程度か。
研究所のまともそうな顔をした研究者の方がよっぽど狂っていた。
僕は起き上がり、何もなかったかのようにスポットライトを浴びる。
観客はどう生き返るか想像しただろうか。四肢が再び動きだし一つの形になるのか、首から新しく体が生えてくるのか。
不死っていうのはそんな甘いものじゃない。
生き返るわけでもない。ただそこに存在するのが不死であり、死神でもある僕なのだ。
観客達が瞬きしている間に、舞台の血の跡は嘘のようになくなり、飛び散った肉片も、骨も、脂肪も、全て無かったことになっている。
痛みは錯覚のように残っているが、実際のダメージはないからいずれ引く。
これが不死身というわけだ。
呆然としている観客、並びに団長に
さようなら狂人気取りに、偽悪者ども。
そんな僕の内心とは裏腹に、会場は溢れんばかりの拍手で満たされた。
全員の出番が終わり、ステージ上で勢揃いした演者達が観客に向かって礼をする。
一斉に袖にはけた後、僕は団長の下へもう一度呼び戻された。
舞台は盛況だったこと、やはり僕が逸材であること、これからも同じような演目をやっていくことを興奮交じりに伝えられた。
僕は愛想良くそれに応える。
ただ、内容はほとんど右から左だった。
これ以上僕はここにいるつもりはない。
来週にはみんなとの予定があるのだ。
それに、明日一日は大丈夫だとしても、そこで食料が尽きてしまうのでなゆたが僕を探しに来てしまう可能性だってある。細雪と有理がここを突き止めて、ここへ乗り込んでくる可能性もある。それは絶対に避けたい。
僕は明日、ここを出ることに決めた。
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